不便だからこそ、発揮できる能力~ブータン 山の教室 からの学び③~

記事
コラム
昨日に引き続き、
現代人に観てほしい映画「ブータン 山の教室」を観て感じたことを書いていきます。


印象に残ったシーンは主に5つあるとご紹介しました。

①ルナナ村に住む少女、ペム・ザムの笑顔。
②ルナナ村の歌姫、セデュが山に歌を捧げているシーン。
③ルナナ村へ行くまでの道、教師のウゲンの靴はびちょびちょなのに、村の若者のミチェンの靴は全く汚れていなかったシーン。
④教師のウゲンが、寒さを防ぐために部屋の窓に貼ってあった高級な紙を、子どもたちのためにはがしたシーン。
⑤教師のウゲンが、街へ帰る時、音楽を必要としなくなったシーン。

今回は、③以降について書いていきます。



③ルナナ村へ行くまでの道、教師のウゲンの靴はびちょびちょなのに、村の若者のミチェンの靴は全く汚れていなかったシーン。

このシーンは、本当に、村の若者のミチェンがかっこよく見えました。

ウゲンは、道中、文句たらたらなのに対し、村の若者のミチェンはたんたんと山を登っていきます。

ミチェンは、先生を迎えに行くときも、この道中を通ったのかと思うと、普通の人ならとても気が遠くなるところだと思うのですが、

ミチェンは、たんたんと登っていくのです。
(ミチェンと一緒に登っている村の人も)

もちろん、文句なんか一言も発しないし、不満さえ感じているようにみえません。
都会からくる大切な先生を、送迎する。

そんな大事な役を担っているという自負さえ感じられる。


都会っ子って、本当にやわだなと思ったけれど、

そんなことを言っている私も、きっと、ウゲンと同じ状況だったら、ウゲンと同じような言動をとっているだろうな。。。


そして、やっぱり村の若者のミチェンの何がかっこいいって、同じ道を歩いていても、教師のウゲンの靴はびちょびちょなのに、ミチェンの靴は全く汚れていなかったこと。

ミチェンが、初めて買ってもらった長靴の話をしているシーンも印象的でした。


長靴は、このへんの人にとってはとても貴重なもの。
道中の宿屋の夫婦も、靴を履いていませんでした。

宿屋の夫婦の子どもは、日本の子どもたちと変わらないように、普通に長靴をはいていたけれど、それは、想像でしかないけれど、「子どもにだけは、長靴を履かせてやりたい」という親心だったんじゃないかな。

ミチェンにとっても、きっと、履いていた長靴は貴重なもので、それを大切に履いている姿が印象的でした。

きっと、長年、長靴を大切に大切に履いてきたからこそ、自然と、長靴も汚れない歩き方をマスターしたんだろうな。

まぁ、それもあるけれど、やっぱり、この道中を、数えきれないほど何往復もしてきた経験が、すべて、その長靴のきれいさに詰まっているんだろうな。


便利なものがあふれている現代ですが、

不便だからこそ発揮できる能力みたいなものが、もしかしたら失われつつあるのかもしれない、とも感じました。







ではでは、今日はこのへんで♪


映画を観て語り合う

ココナラでは、ご自身が観た映画について一緒に語り合うサービスを提供しております。

映画を切り口に、いろんな話を語り合いたい方に特におすすめです。
人と話すのが苦手な方にも、安心してご利用いただけます。

気になる方は、お気軽にご連絡ください♪








サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら