ブータン 山の教室 からの学び②~母親の影響~

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コラム
昨日に引き続き、「ブータン 山の教室」を観て感じたことを書いていきます。

誰も、求めていないかもしれないけれど、自分の備忘録として残しておきます。

印象に残ったシーンは主に5つあるとご紹介しました。

①ルナナ村に住む少女、ペム・ザムの笑顔。

②ルナナ村の歌姫、セデュが山に歌を捧げているシーン。

③ルナナ村へ行くまでの道、教師のウゲンの靴はびちょびちょなのに、村の若者のミチェンの靴は全く汚れていなかったシーン。

④教師のウゲンが、寒さを防ぐために部屋の窓に貼ってあった高級な紙を、子どもたちのためにはがしたシーン。

⑤教師のウゲンが、街へ帰る時、音楽を必要としなくなったシーン。

今回は、②以降について書いていきます。

②ルナナ村の歌姫、セデュが山に歌を捧げているシーン。

なぜ、このシーンが心に残ったかというと、私は、“歌を捧げる”という感覚を持ったことがないから。

昔から、人前で歌を歌うのが苦手だった私。

歌を歌うのは大好きなんだけど、母親からいつも、「音がはずれている」と言われていたので、人前で歌うのがとてもこわく、小学校での歌のテストでも、声すら発することができなかった記憶があります。

今から思うと、私の母親は、片耳が聞こえないので、音がはずれているかどうかの判断も間違っていたかもしれません。

うちの長男や娘もピアノを習っていて、そこでは、歌の発表もよくするのですが、音がはずれている子どもなんてたくさんいる。

きっと、そんな子どもたちも、たくさん、音を出しながら練習していく中で、音を合わせていくものなんだと、大人になってから感じるようになりました。

が、当時は、子ども。

なので、母親に「音がはずれている」と言われれば、「そうなのか」と思うしかありません。

だから、今でも、誰かとカラオケに行くのが怖い。

知らない曲に挑戦するのが怖い。

歌は、「上手に歌う」がゴール。

音をはずさずに歌えたら、それは、もう、パーフェクト。

そんな私なので、

歌を誰かのために歌うとか、
歌を何かに捧げるとか
考えたこともないのです。

きっと、相手も求めていないだろうし、
やりたいとも思わない。
(このへんは、私が提供している、マザーズコーチング講座でじっくり向き合いたいところですね。)

だから、この映画で、セデュが山に歌を捧げているシーンが印象に残ったんだと思います。



③以降については、また、
明日以降に書いていきますね。



ではでは、今日はこのへんで♪

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