不登校の事例②

不登校の事例②

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コラム

―「大丈夫」と笑っていた子が、ある日動けなくなった―

高校1年の秋。

彼女は、突然学校に行けなくなった。

それまで、周囲からは「明るい子」と言われていた。

友だちもいた。

部活にも入っていた。

成績も悪くなかった。

家では、母親に学校の話をよくしていた。

「今日、先生がさ」

「友だちと帰りにコンビニ寄った」

「文化祭、ちょっと面倒だけど楽しみ」

そんな普通の日々が続いていた。

しかし、母親はあとから気づく。

娘の「普通」は、少しずつ削れていた。

朝、洗面所に立つ時間が長くなった。

制服を着たまま、鏡の前で固まる日が増えた。

夜になると、スマホを見ながら表情が消えていた。

「何かあった?」

母親が聞くと、娘は笑った。

「別に。大丈夫」

その「大丈夫」は、助けを求める言葉だったのかもしれない。

ある月曜日。

娘は玄関で靴を履いたまま動かなくなった。

母親が声をかける。

「どうしたの?」

娘は答えない。

ただ、呼吸が浅くなり、手が震えていた。

しばらくして、ぽつりと言った。

「行けない」

それから、娘の生活はリビングのソファを中心に回るようになった。

自分の部屋には行かない。

家族がいるリビングで、毛布にくるまって眠る。

昼間はうつろな目でテレビを見ている。

夜になると少し元気になる。

深夜に急に話し出すこともあった。

「私、何が悪かったのかな」

「みんな普通に行ってるのに」

「私だけ止まってる感じがする」

母親は答えられなかった。

励ましたい。

でも、励ますと傷つける気がした。

休ませたい。

でも、休ませるほど戻れなくなる気がした。

学校から電話が来るたびに、母親の胸は締めつけられた。

「本人はどう言っていますか」

「今後の見通しはありますか」

「課題だけでも提出できますか」

見通しなど、あるはずがなかった。

娘自身が、自分の明日を見失っていた。

ある日、母親が掃除をしていると、ソファの下からノートが出てきた。

そこには、短い言葉がいくつも書かれていた。

「学校が怖い」

「朝が来るのが怖い」

「みんなに置いていかれる」

「家にいても申し訳ない」

「でも外に出るのも怖い」

母親は、そのノートを読んで初めて分かった。

娘は休んでいるのではなかった。

毎日、戦っていた。

学校に行く恐怖。

行けない罪悪感。

家にいる申し訳なさ。

将来への不安。

その全部を、ソファの上で抱えていた。

その夜、母親は娘に言った。

「今は、学校のことを決めなくていい」

娘は黙っていた。

母親は続けた。

「生きていてくれたら、それでいい」

娘の目から、涙がこぼれた。

それは、解決ではなかった。

次の日から学校に行けたわけでもない。

生活リズムが急に整ったわけでもない。

でも、その日から娘は、少しだけ食卓に座るようになった。

母親の淹れたお茶を、黙って飲むようになった。

不登校の苦しさは、外からは見えにくい。

家にいるから安全に見える。

スマホを見ているから楽をしているように見える。

昼まで寝ているから怠けているように見える。

けれど、その内側では、子どもが自分を責め続けていることがある。

だから私は、不登校の子にまず必要なのは、説得ではなく安心だと思っている。

「戻りなさい」より先に、

「ここにいて大丈夫」

その言葉が、子どもを少しずつ現実へ戻していく。
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