【逆説】切り離したら、つながった

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コラム
こんにちは。うららです。

この春からヒーリングのほかに
動物保護関連の仕事に関わっています。

先日、その仕事に「行きたくない〜!!!!」と
すごく思ったんです。

めんどくさい!
うっとうしい!
気が重い!
体が動かん!

やれやれ。どっから来たのだ、この感情は?

前々回からの記事で書いてるように
これはわたしのオリジナルじゃない
どこかの誰かから流れてきたもの
それをわたしがたまたま感知してるだけ
という前提のもとに感じてみます。

数秒後、ちょっと前にネットで見た
「九月病」という言葉が浮かんできました。

夏休みが明けて職場や学校に復帰するのがしんどい、
行きたくないと思ってる人がめちゃくちゃ沢山いるのね…

そう思いながら「行きたくない」を感じていると

わたしだけじゃなかったんだ…!
ひとりぼっちじゃなかったんだ!

と、いまさらのように驚きながら
なんだかすごくホッとしている…
そんな自分を見つけました。

それと同時に
今までそんなに孤独だったの?
と、驚いている自分もいました。

「そうだよね、行きたくないよね」
「わかる、わかるよ、その気持ち…」と
誰にともなく話しかけたくなりました。

心の中で、そうやって話しかけながら
引き続き「行きたくない」を感じていると

頭や体の中にギュッと詰まっていたものが
霧のようにふわーっと広がって、
空中に散っていく感覚がありました。

わたしが捉えていた「行きたくない」の波動が
複数の人のもとに戻っていって、そこからさらに
いろんな人のもとに戻って、戻って、戻っていく……

わたしと、ほかの人たちとの間に
どこまでも広がる蜘蛛の巣のような〝つながり〟があり、
その糸を伝って感情が流れていくのがわかりました。

ある感情を自分のものとして扱い、
自分のもとに留めておくのは

本来みんなのものであるそれを
〝独占〟している状態なので、
つながりを断ち切ることになる。

対して

「自分のじゃない」と切り離し、
「ひとのもの」として扱うのは

本来みんなのものであるそれを
〝共有〟するってことになり、
つながりを深めることになる。

えっ!? 逆じゃん?!


このことは、わたし的には
「世紀の大発見」と言いたいぐらい
めちゃくちゃ新鮮な気づきでした(笑)

エンパスさんは自他の一体化が
あまりにも当たり前すぎて

自分のもとにやってきたものを
「他人のだから要りません」と
切り離すことに慣れていません。

すべてはひとつ(ワンネス)であるはずの世界に
分離・分断を生み出すような気がするし、
自分の一部をもぎ取るみたいで寂しくもある。

ネガティブ感情であれば尚更、
「あなたのでしょ」って他人に返すなんて、
悪いことしてるみたいで気が引ける。

だけど、じつは逆だったんです。

返してあげた方がつながれて、
そのつながりが大きくなればなるほどに
「ネガティブの密度」が薄まっていく。

「苦しさの度合い」が減っていき、
「孤独感」から解放されていく。
もしネガティブな考えが忍び込んできたら、それを批判せずに受け入れて、ただ通り過ぎるのを待っているほうがいいように思うのです。感情は、抑圧したり追い出そうとしたりすればするほど、押し返してくるでしょう。そうではなく、何の判断もせずに、ただ自分の中を流れるのを許していれば、思考や感情は通り過ぎていくのです。その結果、正しい道が自然に目の前に開かれ、真の自分でいられるようになるでしょう。

『喜びから人生を生きる! 臨死体験が教えてくれたこと』
アニータ・ムアジャーニ著/奥野節子訳(ナチュラルスピリット刊)
遠慮しなくていい。
罪悪感は不要です。

ひとのものは、ひとに返しましょう。
来たものは、去らせてあげましょう。



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