アイデアが自分の身の回りにあるが分からないのは言語化ができてないからか?

記事
ビジネス・マーケティング
仮説です。

ある記事で、「アイデアは日常にある」「アイデアは自分の身の回りにある」というけど、それがないから困ってるんだよというのを見かけました(笑)いや、確かにそうだなと。

そして「アイデアは日常にある」ということを言っているのは僕だけではないんですが、僕も言っています(笑)そしてその通りだと思っているので主張は変わらないです。

本題はこのギャップがどこにあるかです。

つまり、
アイデア出し初学者の視点:アイデアは身の回りにない。何を言ってるんだ?
アイデア出し上級者の視点:アイデアは身の回りにある。そのとおりだ
というギャップです。

シンプルに初学者故の認識と思っていますが、ではその認識の差異はどこにあるか?そこを考えてみました。

結論:日常にある体験や経験の言語化が出来ていないからでは?

というのが一つの結論です。とはいえ、仮説です。あとこの仮説の筋の悪さというところでは(笑)言語化出来てない人に言語化出来ているか?は判断できないんですね。馬鹿にしているわけでなく、その通りなので、言語化できる人からすると「言語化できてないね」で終わるのですが、ここが難しいところですね。

アイデア自体は組み合わせにすぎない
まず基本式です。アイデアは何かとなにかの組み合わせですということは何度も言っているかと思います。

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こんな感じですね。
テーマとは何かというと、考えたいことですね。あたらしい商品とかサービスとか。具体的にいえば、「新しい出版企画としてビジネス書を出したい」とかでもなんでもいわけです。

体験と経験はその通り、あなた自身の体験したことです。

説明を端折るのでポイントだけ以下述べてみます。

言語化とは文字にすることだけでなく、理解ができなければならない

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ここで示すように、言語化=文字にすることなんですが、それは一部です。確かに文字にしているのだけど、
「あなたの体験したこと」をその通り感じたように、たとえば100%は無理でも、80%くらいは伝えないとロスが多くて伝わらないんですね。コミュニケーションではこれらのロスがある前提で組み立てるのが必須ですが、「伝わらない」前提か「伝わる」前提かで、大分変わりますよね。

この言語化を、あなたの体験や経験でやっているかということです。

やり方は特殊でなくていいので、日記でも、メモでも、人に話すでも、なんでもいい。そういうのをやっているかどうかです。

でないと、上のような「ラーメンうまかった」が全然伝わらないとなる。これをプレゼンとかコミュニケーション力とかって言いがちなんですが、多分それ「も」あるんですが、それも一部かなと。

そもそもの体験を自分で言語化できる最初の一次言語化?といえばいいと思いますが、仕入れのネタ、原材料が駄目なら、やはりまずいんですね。ってだけなので、ネタを鮮度を保つとか、丁寧に扱えているか。そういうことをこの言語化で言いたいわけです。

体験が言語化できればアイデア式に当ててアイデアは出せる

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こんな感じでアイデア例とは、
テーマと体験・経験(言語化したもの)の組み合わせで出せるということです。

ラーメン屋で食べる手袋なんて要らないって思う人がいるかもしれませんが、どこにそれがニーズがあるのか、またはないのかは結構分からないものです。見えてないだけもあるので。ちなみに、アイデア発散と収束は分けたほうが良いです。ここで「出したアイデア」を評価するのは当然ありですが、「アイデアを出すときに評価する」癖があると「ラーメン手袋それはないな」といって引っ込めてしまうんですね。伝わりますか?

それは良くないので、引っ込めるのでなく、出してから後で評価する。
文章とかでいえば、書いた→修正するであればいいのですが、書く前に色々考えて→書けない、が一番まずいというか。書いたものがあればそこから思考も記録も明確なのでいいんですね。それがあるかどうかってことです。

体験を言語化すればネタは常にある

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アイデアが身の回りにあるとは、ネタがあるということなんですよね。
アイデア基本式でいえば、組み合わせるネタが2つあるというか。テーマがあればそれはすでに1つなので、もう一個何か探す「だけ」ともいえる。ですが初学者では「だけ」でなく「それがない」わけです。

なぜないかというと、シンプルに、その体験や経験が実際には「している」んですよ。ラーメン屋美味かったという人も大勢いるはずです。ご飯が美味しかったでもなんでもいい。それを「言語化」していないからこそ、その体験があったのにないことになっている。あったのにないって面白くないですか?(笑)

ここで気づいた方もいるかもしれません。

結局、なんとなくぼーっと過ごしていて勝手にアイデアが出ることはなくて、「ラーメン美味しいな、なんでだろうなあ」とかそういうことを考えたり、色々巡るので、記憶や体験に残る。その残ったのがまさに「言語化」というところなんですね。

じゃあ言語でなくても、イラストとかでもいいのか。写真とかでもいいのかですが、ここでは言語=文字で示すが有効だと僕は考えています。とはいえ、イラストでも写真でもそこから「記録」とか「記憶」とかとして、脳内データベースにストックされてアクセスできれば「有効」とは思います。ちなみにそれは、写真を見て思い出すとかでは「遅く」て、ここでは「テーマについて考えていくときに、体験や経験としてあったよなあ」というところで出す、ある種反射みたいなレベルでのイメージです。

もちろん、慣れていなければ写真を見るとか、自分の書いた記録を見て思い返すとかも全然ありですしそうやってもいいと思います。

言語化として言いたいのは、自分の体験や経験が明確に刻まれていてそれを言葉で伝えることで、自分も分かるし相手も分かるような、まさに体験をしているかのようなということです。自分の体験を自分で言語化できるかどうかは意外かもしれませんが、技術が必要です。技術がなければ伝えられないというところで、トレーニングするしかないと。そういうのがほしければ、というところです。

僕は言語化は得意な方という認識ですが、言語化でなくても、写真化、イラスト化として扱えるならいいわけです。ですが、頭の中で言語をみて映像、絵、何が浮かぶかは結構人によって違うので難しいなと。僕もシーンや映像があることはあるんですが、静止画イメージが強いです。そういう情景を描いて「あったなあ」と出しつつ、その状態を言語化している感じですが、こういうことって一般的かどうかは不明です。少なくとも僕はそうやって考えています。

長くなったので一旦これくらいで。また追加で何か書くかもしれません。

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