わたしの裏側 Vol.2 今は笑える…わたしの幼少期は昭和のドラマ

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コラム

もう終わらせたいと何度も思った、それでも生き抜いている理由。

「わたしの一番古い記憶」は、5cm程のふすまのすき間から
震えながら覗いている光景。目に焼き付いている。

わたしの幼少期は
まるで “嵐の中に住んでいる” ような日々。
それも、笑えないほどリアルな、昭和のドラマのような光景。

父は、とにかく破天荒で激しい人だった。自己中にもほどがる。
でなきゃ、子供を不倫相手とのデートに連れて行かない。

とにかく怒ると、もう誰にも止められない。
怒鳴る、物が飛ぶ、食事中も何度、私に向けてテーブルを
ひっくり返されたか。
テーブルにのっている食事は
わたしの頭のてっぺんから降ってくる。
母親も、後片づけが大変だったんだろうな
今思えば…

怒りに任せてものにも、当たり散らし
あるときは、ものすごい大きな音がしたと思ったら
テレビが上から割れて、煙がぶわ~っと出ていた。

その瞬間、鮮明に覚えてる。
喧嘩が始まると、母親に「隣の部屋行っときっ!!」
と言ってほりこまれる部屋から、ふすま5cmほど開けて
見る光景だけどね。


わたしに向けられた怒りじゃなくても
怒鳴り声と、物が壊れる音が、怖くて怖くて
毎回カラダが硬直していた。
この時から、親の顔色を伺い
今、機嫌がどうなのかをびくびく気にするという
子供にすでになっていた。
毎日、恐怖でしかなかった。

そして…母は、ある日突然わたしをおいて、家を出ていった。
その時に、わたしの妹にあたる生後6か月の子は連れて行った。

今なら、わたしを連れていけなかった理由はわかるけれど
当時の幼いわたしには、「わたしだけ、おいていかれた」
としか、感情がなかった。

そして、父親からは、じぶんを正当化するためか
「お母さんは、お前が嫌いでおいて出ていった」と
聞かされ、母と再会し、きちんと話ができるまでは
ずっとそう、思っていた。


虐待を受けた子どもには、
カラダに“名残”が出る特徴がある

わたしもそうだった。

誰かが手をパッと動かすだけで
「殴られる!」と反射的に身をかばう。
足の指には無意識に力が入り
いつも内側にぎゅっと丸まっている。
肩も背中もずっと張りつめていて、常に硬直しているような感じ
こころより先にカラダを守ろうとしていた。

そして、大人になっても、
その反応はなかなか消えなかった。

結婚相手もまたモラハラで激しい人だったから
こころもカラダもずっと緊張状態のままだった。

この症状が薄れていったのは
子どもたちが成人し、大変な離婚劇を経て
ようやくわたしが「じぶんの人生」を始めたあと。

Vol.0で書いたように
わたしを “必要としてくれる人たち” に囲まれ
安全な空気の中で数年を過ごしたころ
やっと、カラダの緊張が少しずつほどけていった。

「まさか、ここまで時間がかかるなんて」
わたし自身、驚いている。
無意識の中で、やっていたので気が付かなかったんだけど。
気がついたら、そんな状態… という感じ。


ここから、まだまだわたしの人格を作った環境は続くのだけど
でもそれは、「かわいそうな過去」ではなくて
いまのわたしをつくった“根っこ”でもある。


どんな環境で育っても、人生はそこからつくり直せる。
そして、わたしは今、それを生きてる。

この「裏側」を知ってもらえることで
わたしと話すときに、少しでも安心してもらえる
材料になったらいうれしいです。

ひとつ…
子供が育っていく環境… 生育環境がどれだけ
子供の人格に影響するか
ということを、身に染みて感じています。

親って、責任重大だなって
人一人を、じぶんの育て方で作り上げていくんだから

だから、これから子育てをされる方、スタートされている方が
少しでも、コミュニケーションや、生育環境のことを
知っていたら、パパ・ママ自身も、楽に楽しく
子供も、のびのび育つ環境が作れるのになって
思っています。
子育てのお悩みがある方の、お役に立ちたいなって。

なので、今のじぶんで、子育てをやり直したいって本当に思う。
どうあがいても無理だけどね(笑)

たまたま、この、性格を何とかしなければと思えて
たまたま行動に移し、今までと180度違うじぶんになれたからこそ
いろんな方向からの感情が理解できるし、共感できると思っています。

少しでも、お役に立てますように…


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