説明できない孤独を抱えている子どもたち

記事
コラム
私の姪っ子は
恐竜や生きものが大好きな子。

最近も、外でオオカミのための家を
石や草を作って遊んだというのです。

話しを聴いていくと

その世界は、オオカミだけが
住んでいて、自分は一番偉い
メスのオオカミだそうなんです。

「人間はいないの?」と聞くと
人間は来てはいけないとのこと。

そんな会話のやりとりとしていくうちに
彼女がポツリと私にこう言いました。

「どうして私、人間に生まれちゃったの?」
「私、オオカミに生まれたかった」

なんだか少し切ない気持ちになりながらも

「どうしてだろうね?」
「神様に人間になりたいって
お願いしたからじゃない?」

と優しく伝えると

「お願いしてないんだけどな…」

子どもでも、大人と変わらないほど
深いことを考えたり
言葉にならない孤独を感じている
ことがあるのだと思います。

それは、誰かに意地悪されたからでも
居場所がないからでもなく
感じ取ってしまう力が強いから。

世界をフィルターなしで受け取ってしまう
そんな繊細さゆえの孤独なのかもしれません。

オオカミの世界には人間はいない。
自分は一番偉いメスオオカミ。

そこはきっと、誰にも侵されず
説明しなくてもよくて
ただ「在っていい」世界
だったのだと思います。

「どうして私、人間に
生まれちゃったの?」

その言葉は
消えたいという意味ではなくて

ここにうまく馴染めない感覚
だったのかもしれません。

数年前に出会った
不登校の女の子のことも
ふと重なりました。

優しくて、繊細で
周りをよく見ている子。

「昔、どうやったら死ねるのか
考えたことがあった」

その言葉を聞いたとき
旨がぎゅっと締めつけられました。

でも、彼女は大好きな推しとの
出会いによって心を支えられた
そうです。

誰かに理解されなくても
世界とつながれる何かが
あることで、人は生き延びる
ことができる。

今、彼女は進学し
保育士さんを目指しています。

繊細さは、生きづらさに
なることもあるけれど
同時に誰かの痛みに気づける
力でもあります。

大人も、子どもも
「ちゃんと理由のある孤独」
ばかりではありません。

説明はできないけれど
確かにあるその感覚。

それをなかったことにしないで
くれる大人がそばに一人いるだけで
救われる心もあるのだと思います。

言葉にならない気持ちを
無理に説明しなくていい場所が
これからも必要だと感じています。



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