(531日目)人それぞれ。
お久しぶりです。サボってましたね。なので反省の意を込めて今日はブログっちゃおうと思います。さてさて。価値観、物事の捉え方、判断基準。これらすべて人それぞれ。『それくらい分かってるよ〜』そう感じた人もいるかもしれません。しかし日常を振り返ってみて下さい。▶︎自分の思い通りにいかない時▶︎自分の言う通りにならない時▶︎自分の価値観を否定された時おぉ、文字数が揃って気持ちいい。話を戻して。これらに遭遇したときついつい怒りや憤り感じませんか?それこそがー分かっちゃいるけど分かってないーそんな状態だと思う。こんなこと書いている自分にだってイラっとしたり腹立ったりするんだからまぁ当然っちゃあ当然なんですが。この感情に陥るとき主語が”自分”になってるんですよね。それのどこが悪いん?そう思うかもしれません。しかしその自分が正しいと言い切れるでしょうか?正しいとするならどのような定義でどのような判断基準でしょうか?それを客観的に説明できるでしょうか?かつてドラッカーは言いました。『誰が正しいか、ではなく 何が正しいか、である。』そうです。憤って感情的になっているとき誰が(自分が)になっています。そうではなく何が正しいか?に視点を持つ必要があります。そうすることで感情の制御ができます。怒りを感じることも抑えられます。怒り、憤り、不満はストレスです。そのストレスは自分に負荷をかけます。無駄なパワーをかけているんです。自動車で言うならばエンジンを空ぶかししている状態。だからこそ感情的になったと感じたとき自分基準で物事を見るのではなく客観性を持った視点を持つのが良い。そう言うことです。
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