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執事の部屋ブログ 京都の魅力を楽しむブログ 初投稿!

“coconala”楽しめる京都の魅力を偏った方向性?からお伝えするブログです。いつも、タラタラと文章が長くなりますが、ご縁を頂き、最後まで読んでいただけたら感謝!感謝!です。京都の小さな小さな数寄屋造りの宿の執事です。まだ、外国人が京都に訪れることが少ない頃から女将さんがひとりで始めた宿です。京都の楽しみ方は神社仏閣だけではなく、楽しみ方は十人十色です。ご縁を頂いたお客様の中にも、早朝から走ってきま〜す♬とか前もってルートを決めて、空いた時間に走る方もいらっしゃいます。宿から降りていけば、弁慶と牛若丸の五条大橋(本当は一本北の「松原橋」)で、鴨川沿いを等間隔に座るカップルを横目に、ずっと川の流れをBGMに出町柳まで走るのも素敵です。祇園白川の紫陽花です。👆 夏の風物詩のひとつ。鴨川納涼床の画像を探しましたがなく、祇園白川で代用しました。鴨川を北へ、対岸の83軒の床を見ながら走るのもよいかも。鴨川納涼床の歴史は古く、桃山時代まで遡れると聞いています。京都は三方を山に囲まれ、京都一周トレイル、東海自然歩道が充実しています。山から眺める京都市内も琵琶湖も素敵ですよ!京都の魅力といいつつ、滋賀県、奈良県好き!でもあり、滋賀の魅力、奈良の魅力も時々………。主にブログは、比良・比叡トレイルを走るプチトレラン、京都検定の野外学習、時々、京都検定圏外の近隣他府県の神社仏閣巡り、日本一の消費量?!時々、古豪の神戸、新鋭の岡山のパンの消費量に1位を奪われる京都のパン屋さん巡り、中学1年から読み始めた司馬遷の「史記」の原文から日本の歴史を交えて、重ね合わせて、原点はどこか?を勝手に語ることになると
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比叡山の四季 春(回想)山ツツジ

山桜が葉桜になりかけた頃、春の比良比叡トレイルの回想です。厳しい比叡山の冬を乗り越えて、僅か1週間足らず咲き誇る山ツツジはとても華やかでしたよ。4月中旬、天候が不安定で、晴れの日を狙って比良比叡トレイルをプチトレランしてきた頃のこと。いつものように狸谷山不動院から山に分け入って、比叡山ロープウェイを潜って、つつじヶ丘へ、延暦寺西塔を通って、横川中堂を経由して、仰木峠〜大尾山(大原の里10名山のひとつ)〜いつものように狸谷山不動院から山に分け入って、比叡山ロープウェイを潜って、つつじヶ丘へ、延暦寺西塔を通って、横川中堂を経由して、仰木峠〜大尾山(大原の里10名山のひとつ)〜伊香立峠〜八所神社へ!スタートが遅かったので、魚の子山〜I Love 還来神社へ下山したかったのですが残念!スタートが遅かったので、魚の子山〜I Love 還来神社へ下山したかったのですが残念!『狸谷山不動院』の新緑と遠方に時々走る『愛宕山』『狸谷山不動院』さんは、宮本武蔵が心の剣を磨いたとされる「武蔵之滝」があり修行場として信仰されたそうです。『愛宕神社』(標高924mの愛宕山山頂にある神社)も京都検定的には、触れておいた方がよいでしょう。ということで……。『愛宕神社』:全国900余社の愛宕神社の総本社。嵐山の喧騒を離れ、北へ向かうと清滝の清流が流れ、登山口の表参道(山頂まで約2~3時間くらい)聖武天皇が平城京を遷都されるちょっとだけ前、大宝年間、役小角(えんのおずめ)が泰澄大師と共に、神廟を造立したのが始まり。天応元年(781)勅命を受けた和気清麻呂(わけのきよまろ)が、「六道珍皇寺を開基された慶俊僧都(き
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I love 還来神社 ! GW直前の回想です。

「もどろきの 神に祈りて 無事還る」古来より旅の安全と無事帰還を祈願する神社です。小さいけれど素敵な神社ですよ!比良比叡トレイルの入山下山口の向かい和邇川(わにがわ)に架かる朱塗りの橋を渡ると還来神社があります。鳥居は両部鳥居で、密教の金剛・胎蔵の両部を表し、神仏習合の名残を示していて、鳥居をくぐると「梛の木(なぎのき)」が御神木として祀られています。還来神社or還来神社前バス停前をビュンビュン走り抜ける大型車などに注意して還来神社登山口👆へ渡りましょう。◇アクセス◇土日は午後便有。下山のアクセスには不向きです。江若交通バス時刻表を確認してお出かけください。平日:JR堅田駅 59系統(伊香立小学校行き) 07時58分発下車:伊香立中学校前 08時11分着還来神社まで徒歩22分程度/1.7km土日:JR堅田駅 51系統(細川行き)堅田駅発 08時50分下車:還来神社前着 09時11分《還来神社(もどろきじんじゃ)》御祭神、藤原旅子は第五十代桓武天皇の皇妃にして、第五十三代淳和天皇の生母であり、太政大臣・藤原百川(ふじわらのももかわ)の女(娘)です。往昔、此の龍華の荘(大津市伊香立途中町、上龍華町、下龍華町)は藤原氏の食邑地にして、当時其の邸宅あり、旅子此処に生まれる。長じて比良の南麓、最勝寺の開祖、静安に随侍し佛に帰依す。土俗称して蓮華婦人という。静安、勅を奉じ、しばしば宮中に参候して、佛名会、灌佛会等を行っていました。是により才色兼備旅子、桓武天皇に召し出され、第五十三代淳和天皇を生み奉られました。旅子甚だしく帝の寵愛深りしが、京都西院に隠棲され、延暦七年(西暦778年)五月十
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