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すべてのブログから「#住吉神社」タグの検索結果

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祝!!1300件!!

1000件を超えてから、100件ごとの節目・節目のお祝いはしなくなった。コレも、ひとえにお客様みなさまのおかげです。本当に、ありがとうございます。とはいえ、神社参りをして、感謝して、お客様とのご縁を願い、幸せ祈願は、神社に出向くたびにしております。それは、いつものお願い・・・特に1300件だから・・・というワケではありません。ココナラを初めて、2年ちょっとで、ここまで来ることが出来ました。写真は長崎の【住吉神社】・・・別の【住吉神社】に呼ばれていたんだけど、単に【住吉町】にあるだけで、そこは【小野神社】だった・・・地元の方には【住吉さん】と呼ばれているのかもしれないけどね。ところで、とあるお客様から、こんな相談を受けた。今まで、自宅近くの神社が【氏神様】=鎮守神社、だと思っていた。ところが、神社庁に電話して確認したところ、遠くの別の神社が氏神様だと知った。「知らぬこととはいえ、ご挨拶が遅れて、申し訳ございません。」とそのお客様はそちらの氏神様もお参りに行ったそうだ。沙織自身も経験があるのだが、鎮守神社の考え方は2種類あり、・歴史的背景を考えたときにそのエリアを管轄していた神様・現在の町内会行事やお祭りなど、地元の神社として、今親しまれているところここは、神社庁や神主さんも考え方がわかれるところだったりする。歴史のある街に住んでいた方と、歴史の浅い街に住んでいた方とで、悩ましいことがあるらしい。「○○町は氏神制度の出来たときにはなかった街で・・・」となると、その場合、↑の後者・・・近くの神社でいいらしい。日本の神様は柔軟に出来ているらしい。そういう場合、2ヶ所の神様にお守りいただ
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住吉神社

私の母も霊能者で 年中霊的で大変な思いをしていました。 霊や死神など、いつも不思議な事を言って、自分で恐がっていました。 もう、亡くなり15年経ちます。 生きている時に母に神様からのメッセージが  よく降りて来ました。 「住吉神社にお米を持ってお参りにいけ。」と言うのです。 母は、週に一度は東京月島の住吉神社にお米を少し持ってお参りに行っていました。すると「大阪の住吉神社へ行け」と言われました。 私と母と2人で大阪住吉神社にお参りにいきました。 すると、 前世の大阪で江戸時代に足袋の商売をしていた イケメンの若旦那が出て来ました。 「お母さん、前世で良くこの住吉神社に御参りに来ていたんだって。色男で沢山遊んだって。だから男運悪いんだよ。」と言い、罪穢れをお許し下さい。と御祈りして来ました。神功皇后が住吉神社に毎日お米をお供えしていたと後でお聞きして 不思議だなあとしみじみ思いました。 そして大阪天満宮に行けと言われて御参りしていると 「お前の子供がトラブルに巻き込まれるといけないから呼んだ」と、聞こえました。東京に帰り、子供に聞くと 学校で喧嘩していると言うのです。家庭教師先生に(高校先生だった)聞くと、 穏便に穏便に学校に言うようにと教えられて、 大難が小難になり、解決出来ました。神様からのメッセージで色んな事を乗り越えて来ました。 ありがたいです。大阪住吉神社と天満宮へ行ったご利益でした。
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長門一之宮神社

長門の一宮住吉神社へ行けと母に神様からのメッセージあり 母が山口県住吉神社に電話すると、 「大阪の住吉神社はニギミタマで、山口県の住吉神社はアラミタマです。」と神主様はおっしゃいましたが、 母は何の事か分からずに聞くと 「神功皇后が、しらぎ出兵の時に船を導いたのが住吉神社のアラミタマで、神功皇后の体をお守りしたのがニギミタマです。」とおっしゃいました。 住吉神社はどういう神様ですか? と聞くと、 「住吉大神は、イザナギさまのみそぎで生まれた ソコツツオノミコト ナカツツオノミコト ウワツツオノミコト の神様の事です。」「神功皇后がシラギから帰ってきた時に、ご神詫どおりに当地に住吉大神さまをお祭りしました。」と言われました。「とにかく綺麗な所です。桜の咲くときなどはとても綺麗ですから、一度来てください。」と言われましたので、 私と友人で行く事になりました。すると、住吉神社に神功皇后が見えました。黒地の着物に金と、銀の刺繍がしてあります。 袴の細い物と長い羽織を着ています。 そして、腕組みをして、皆に指図をしています。韓国から2000人の未婚の霊能者を連れてきました。韓国の霊能者は霊感が強いのだと言っています。 白い荒い木綿のチマチョゴリを着て 白い木綿の帽子を被っています。 そして、2000人の韓国霊能者をたばねて、拝ませているのが、一緒に行った友人です。 きちんとしないと、叱り飛ばしていました。 友人は白い絹の羽織袴を着ています。 神功皇后の側仕えをしていました。 叱らないと、わんわん泣き出すのですから、 友人も大変でした。 そして、体調を崩していました。 その後は 神功皇后と
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