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ここだけに咲く花

ベアたんは転職歴が割とあります。昨今、それは全く不思議でもなんでもないことだと思います。しかし、ベアたんは実は自分から辞めたのではなく、ドロップ組です。社会の仕組みについていけませんでした。ドロップアウトされてもドロップアウトされても食らいついていたけれど、最後に、「ここが多分最後かな」と思った職場に蹴られたときに、「自分の足で立ち上がろう」と思いました。立ち上がるためのサポートは何もなかったし、仲間もいなかったし、唯一の社会とつながる同居の友達は無関心でした。でも、ここがスタートなんだな、そう思いました。社会に爪弾きにされるなら、ここで自分の社会を作ってしまえばいいんだ。そう思いました。諦めたり、投げ出したりすることは何回もあったし、後退しながら這いずり回って、やっとたどり着いたのが今の居場所。居場所に固執してはいけないと思いつつ、今この咲いている花はここだけに咲く花になるんだろうと思っています。もし、次のチャンスがまたあったら、きっとそこにはそこにしか咲かない花が咲くんだろう。この花はここだけにしか咲かないけれど、花は何度だって咲くんだ。
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嫌だった習い事は身につかない

かつてピアノを習っていました。多分幼稚園から小学校3年生くらいまで習っていた期間はあったと思います。そもそもなんで習い始めたかというと、姉が習い始めた時にレッスンについていったら、手作りのお菓子でもてなされたんです。おしゃれな紅茶と一緒に。個人のお宅で、お庭は素敵なバラで溢れていました。そのお菓子に憧れて、ベアたんも習うことにしたのです。ところが。いざレッスンが始まってみるとお菓子は出ないし、漫画はいつも同じものしか置いていなくて増えないし、レッスンの待ち時間は退屈だし、レッスン大変だったしで。小学校にあがったくらいから、レッスンに行ったフリをして近所の公園で公園で出来た友達と遊んでいました。なので、レッスンはブルグミュラーから先に進まず・・・家でも練習せず・・・譜面も読めないままでした。ただ、経験をしたことで、その後大好きなTM NETWORKのWE LOVE THE EARTHを独学で弾き語りは出来るようになりました。他にも独学で戦場のメリークリスマスを覚えました。が。今全く記憶がありません。今ピアノを目の前に出されても何も弾けないと思います。とにかく、学校も含めて「習う」ということがものすごく苦手で、小4で習いに行った習字も最初の段階で嫌になり、レッスン2、3回行ったきり、あとは公園で遊んでいました。なので字の練習は後に独学ですることになります。習字もピアノも、習ったことはほとんど身につきませんでした。しかし、大人になって自主的に習いに行ったNLP(触りだけ学びました)などの知識は、大人になってから学んだせいもあるとは思いますが、内容を覚えていたりします。学校の授業もいや
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不登校

小中高と不登校でした。小、中の頃は一応行ってましたが、保健室にいました。休み時間は教室にいたりもしましたが。高校は1年生の頃は行きましたが(朝課外は全く行かなかった)2年に上がる時に就職が決定してから授業に出なくてもよくなって、学校に行っていませんでした。小学校の頃は、学校に行きはしていたのですが、秘密基地で遊んでいたり、無料子供電話相談室で長話をしたりしていました。一応は行っていたので、テストなんかも受けていましたが、受けている授業中も別のことをしていたりしていました。中学の頃は登校したら体育館裏で友達とお菓子を食べていました。でも一応優等生だったので、特に何か言われたことはありません。中学の社会の授業は好きだったので出ていました。面白い先生で、教科書にない雑談がメインの先生でした。美術の先生の資格も持っていたので、とても綺麗で丁寧なテストが出てくるのが毎回の楽しみでした。高校の成績は2年生から最悪でしたが、中学卒業まで、成績を落としたことはありませんでした。明確な目標があったからです。中2までは翻訳家になろうと思っていました。中3からは薬剤師を目指して。結局大学には行けなかったので、公務員試験を受け、公務員になりました。辞めちゃいましたけどね。子供が不登校でも、その分社会経験があればカバー出来る部分は多いと思います。勉強の方法ってそれぞれ違うし、なんなら不登校だったけれど、ベアたんは職員室にしょっちゅう教科の質問をしに行く子供でした。勉強より家事なんかが忙しかったので、授業に出るのは本当に苦痛でした。放課後になればまた家事があるし。それなりにいじめも受けました。でも、学校の
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野菜嫌い

そう。いつも野菜についてアレヤコレヤと書いていますが、ベアたんは自他ともに認める野菜嫌いです。昔から野菜は嫌いです。しかしながらゴーヤとパクチー以外はだいたい食べれると思います。幼い頃から食べれない野菜を無理やり食べさせられるのはとても苦痛でした。残したら廊下で1時間正座しながらそれを完食しなければならなかったり、本当にとても苦痛でした。給食でも完食しなければいけませんでしたね。まぁ、給食ではそこまで完食できない状態で出てこないので、完食してはいましたが・・・・野菜がなんとか食べれるようになったのは大人になってからです。大人になって、自力で色々外食したり、調味料を自由に買うことが出来るようになってから食べれるようになりました。やはり調理次第、というところが大きいです。苦手な食材も、いつも行く美味しいレストランだと躊躇なく美味しく食べれたりします。でも、しかし、だからといって。未だにやはり野菜は苦手です。野菜自体も苦手というのもあるけれど、野菜にまつわるそうした記憶などが混在して、野菜には嫌なイメージがあります。三つ子の魂百まで、と言いますが、幼い頃に形成された嫌なイメージって簡単に払拭できないんですよね。今は、自分の無理をしない範囲で、美味しく食べれる方法を考えて野菜を取り入れています。なので、どうしても気が向かなかったら食べない日もあります。栄養素っていうのはとても大切ですが、あまりそこにこだわりすぎて囚われすぎると、食事は美味しい、という大切な基本を忘れてしまいがちです。美味しく、無理なく取り入れていく方法を考えたいですね。
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気がついた時には、描いていた

ベアたんは小さい頃から絵を描いていますが、最初の絵の記憶というものがありません。気がついたときには、父と姉と「しりとりお絵かき」というゲームをして遊んでいました。おそらく記憶にあるのは2、3歳のころ。「しりとり」と言っても、しりとりではなく、古今東西のようなもので「あ」というお題が出されたら「あのつくものをたくさん描く」わけです。そして、たくさん描いて、それが何を描いたか当てっこをしていって、一番多くわかるものを描いた人が勝ちという単純なルールです。チラシの裏を使ってやっていました。小学校2年生辺りまでは、姉がいた影響もあってお姫様や王子様を描いていました。ベアたんのお家ではマンガはあんまり読んだらいけないことになっていて、図書館で学習マンガを読む程度だったので、そんなに素敵なお姫様は描けませんでしたが、それでも描いていました。小学校中学年以上になって、友達の家でマンガを読ませてもらうことが増え、少しだけお姫様から脱却をしました。高学年になった頃は犬を飼っていたので、自分で作った勝手学級新聞に飼い犬のイラストを添えたりしていました。中学校になって。中2の頃に、テニス部をやめて美術部に入った時に、初めて高河ゆん先生とCLAMPさんの作品を知り、衝撃を受けました。また、周りの友達の絵の上手さに衝撃を受け、絵の練習を始めました。スケッチブックなんて買えなかったので、チラシの裏や学校のノートにひたすら描き続けました。それでもアニメ・マンガ絵は上達せず……当時は少年サンデーとかを借りて読んでいたので、そういう先生方の影響が強く出たマンガを描いていました。近隣の中学校の友達とサークルごっこ
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習慣化について考える

ベアたんには不健康な習慣がいくつかあります。健康的な、いわゆる「思い描く素敵な習慣」は身につきにくいです。悪い習慣がなぜ身につくのか   1.反復性: 習慣は何度も同じ行動を繰り返すことによって形成されます。何かを繰り返し行うことで、脳はその行動を自動化しようとします。悪い習慣が反復的に行われると、それが身についてしまいます。   2.報酬系: 脳は報酬を求める傾向があります。悪い習慣が短期的に快感や報酬をもたらす場合、それが続く動機となります。例えば、喫煙や過度な飲酒は一時的な快楽をもたらすため、これらの習慣が続くのです。   3.ストレスや不安: ストレスや不安の増加は、悪い習慣の発生や続行に寄与することがあります。人々はストレスを軽減する手段として、過食、喫煙、アルコール摂取などの悪い習慣に走ることがあります。   4.社会的圧力: 周囲の人々や社会的な環境が悪い習慣の形成に影響を与えることがあります。例えば、友達や同僚がある習慣を持っている場合、それに影響を受けることがあります。   5.自己観念: 自己観念は、人々が自分自身に対する信念や認識を形成します。悪い習慣が自己観念に合致する場合、その習慣を続ける傾向があります。例えば、自分を「喫煙者」と考えてしまうと、禁煙が難しい場合があります。   6.欠乏感: 何かが足りないと感じると、人々は悪い習慣に走ることがあります。例えば、対人関係の不安からスマートフォンを過度に利用する、飽食感から過食をするなどです。   7.無意識の影響: 一部の悪い習慣は、人々がそれに気づかずに行うことがあります。無意識の行動が悪い習慣に結び
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日々の出来事。鑑定について思うこと🌸

手の空いている時はポイ活したり、クロスステッチキットを使用して刺繍を楽しんだりしているのですが、日々の出来事の中で感じたこと。「(霊能者だから)なんでもおわかりなのでは?」という良くも悪くもの相談者様からのお言葉に戸惑う私がいます。私「いやいやいや、そんなことはないんですよ(汗)」と、声を大にしてお伝えしたい(笑)鑑定の依頼をいただいてはじめて守護霊さんや亡きあの人のイメージがぶわっと届くことはあっても、それ以上でもそれ以下でもなく、わからないことはわかりません。もちろん相談者様がどういった方でどういった性格なさっているのかもわかりません。相談者様がどういった思いで依頼されたのかを考えることは当たり前なのですが、思いや欲しい言葉などは知る由もありません。私の能力では、直感的に入ってきた言葉、イメージをわかりやすく言葉にしてお届けしているだけですので、レビューなどで「当たってます、嬉しいです」というお言葉をいただくたびに「よかった、当たってたんだ。私の直感は正しかったのかな」と安堵しているのです。もちろんお伝えする言葉を曲解したり、作ってお届けしてはいません。あるがまま、そのままを少し手を入れて読みやすい文章にしているだけなのです。時々、内容が似てくることもあるのですが、守護霊さんたちも「人」です。他人の私を通してまで込み入った話をもってくるケースは私の場合では稀です。あくまで私のケースでありますので、他の方はどうかはわかりません。なんでもわかってると思われてしまうと、私自身、超プレッシャーになってしまうのです(笑) いわば仲介役を担っているだけなので、いただくお言葉も私の能力に
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故人を偲ぶ

昨日はお友達のお母さんの四十九日でした。もうお知り合いになって15年以上経ちます。とても明るい人でした。とにかく褒めるのが好きな人で、ベアたんに会うとベアたんのことをことごとく褒めてきました。最初会った頃は仕事をしていたので、仕事を頑張っているのがすごいね、とか、家事もしていてすごいね、とか、(当時細かったので)スタイルが良くていいね、とか、とにかく会うと何か褒めるポイントを探してきて必ず褒めてくれました。ベアたんはこれまでの人生であまり褒められ慣れていなかったので、最初はとても抵抗がありました。何を考えているんだろう?と、邪推を働かせたりもしました。でも、その、素直な人柄に触れていく度に、ああ、自分も褒められていいんだな、と思うようになりました。そのうちに、今一緒に住んでいる友達が、その友達と一緒に働くようになりました。お母さんはしょっちゅうお手紙をくれました。友達をとても褒めて、頼りにしている、それを支えているベアたんのことも応援している、と何度も何度もお手紙をいただきました。毎回のようにおやつを持たせてくれたり。ベアたんもお返しにと、お菓子など腕をふるいました。そんなお母さんが亡くなったのは、11月なのにまだ暖かい日のことでした。ずっと闘病中で、その頃は体調もなかなか優れないので、いつ会いに行こうかな、手土産は食べ物はやめたほうがいいかな・・・とベアたんが悩んでいるときでした。もっと会いに行けばよかった。そんな体調の悪い中で、お母さんは最後にまた友達にベアたんへのおすそ分けと、お手紙をくださいました。最後の最後で、ベアたんは入院中だったお母さんに、絵を描きました。最初で最
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2021.7.7 あまり真面目じゃ無いから・・・。

こんにちは、Sizu屋です。久しぶりに外を歩くと、自分の発汗量に驚きが隠せませんでした。外出時はタオルと水分が必須だなぁと感じました。本日のお題は、教育についてです。立派なお題ですが、別に「教育とはこうあるべきだ」と言う事を語るのではなく、最近研修などを受けて思うことを記載しようと思います。一般的にそうなのかもしれませんが、あまり関心の無いものには積極性は出ない物です。もちろん学習などは特にそうと思います。しかし、会社組織としては教育や研修などは必須となり、とりあえず私も組織の一員として必要とされる分は受けています。(もちろん真面目に受けます!!)その様に感じて受ける研修中に、何となく・・・「人の関心や意欲には、かなりの差があり、重要性などの基準はその人の人生の経験値で違う。様々な人が居る中で、提供されたお題について重要と感じて研修を受ける人はどの程度いるのだろうか?」と思いました。人が集まる会社や組織には、一貫した考えが必要と思います。そうしないと会社が上手く纏まらないので・・・。しかし、多種多様な人たちに一貫した考えを伝える方法は、どれだけの人に関心を向けてもらえるかも一つ重要な部分なのかもしれないなぁと思う、今日この頃でした。
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一日の始まり

朝が来た。私は完全夜型生活もしていた時期も長かったのですが、基本的には朝に起きた方が調子が良いタイプです。人それぞれリズムが違うと思うので、夜の方が調子が良いという人たちも沢山いらっしゃるとは思います。しかも、どうしても鬱傾向が強い時の朝はとんでもなく辛いものでもありますよね!!でも、今は私にとっての朝を書かせていただこうと思います。元気な時ならば一番やるきがある時間です。最近読んだ本の中には、朝起きたら先ずは何も書いていないノート3ページに渡って、自分のやりたいことや思いついたこと、感じたこと、感謝していることなどを書き出してみるということが書かれていました。視覚化することで頭も整理できますし、何より思いついたまま、頭が一番冴えている時に書けることが大きいかなと思います。それに加えて感謝を視覚化するって大事だなと思います。普段私は考えてはいても、目に留まる形にはしてきていませんでした。お手紙には書いたりもしますが、日常への感謝は見逃してしまいがちです。これは、本当に体調が回復してから、気が向いたらやってみようかな。試してみようかなで良いと思います。私の経験にはなりますが、体調が良くないときの朝は絶望からスタートしていました。とにかくまた違う日が来た。私は今日も死にたいと思いながら目が覚めている。皆さんには経験がありますか?幻聴ではないけれど、頭の中では常に「死にたい」が離れない。なぜだろう…。いくらポジティブになれる本を読んでも話を聞いても逃げられないこの言葉から。私の場合ですが、この感覚はやはり幼少期から残っているもののようです。拒食症になって、高校二年生にの時には倒れるよ
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【アナ雪】についてずっと思っていたこと

アナ雪をこれまで何度かみて辿り着いた結論❗️ アナとエルサが行き違っていたのは全て 奴のせいです❗️ そう❗️ トロールのアナの魔法の記憶消した奴ニヤリ 奴がいらん事記憶消したりしなかったらあんなすれ違う事は無かったと思いませんか❓ 共有したいプンプン この思いよ届け
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ふと思うこと

どうなりたいのか何をしている自分になりたいのかどんな気持ちでいる自分になりたいのかそこさえ明確になれば自ずと今やることが決まるのにそこがブレるから「何をしたらいいかわからない」ってなるんだ何をしたらいいかなんてないんだから究極言えば、好きにすれば?だから自分が気持ちよくいられるかどうかはなによりもだいじでももっとだいじなのは気持ちいいと感じているのかそうじゃないのかそこを感じる感覚が育っているかどうかだそこがわからなければ話にならないんだ
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占いは「当たる・当たらない」より“使いどき”。あなたのタイミングが合図です

こんにちは、きごころアドバイザーのひすいです。占いを信じるかどうかは、正解の有無より「いまの自分」に合うかどうか。私が伝えたいのは、押しつけでも否定でもなくあなたの歩幅に合う“使い方”です。占いに良い印象がある人もいれば距離を置きたい人もいます。実は私も、以前は半歩引いて見ていました。理由はシンプルで、「自分の軸が揺れないかな」と不安だったから。それでもいま、私は占いを“使う”側です。きっかけは、迷いが行動に変わった体験でした。(この話はまた別の記事で。)ここで伝えたいことは一つ。「信じる信じないは、タイミングと状況で変わる」ということ。いつもウニを食べる時に思うこと。それは最初にウニを食べてみた人、すごい。誰かのチャレンジや工夫の“歴史”が積み重なって今の「当たり前」になっている。占いも同じ。長い時間を生き残ってきたのは、必要とする人がいたからだと思うのです。だから私は、「占いを好きになって」とは言いません。ただ、もし自分の内側が少しザワつく時や、決めたいのに背中が重い時が来たら、道具のひとつとして“使ってみる”のはアリ。距離感はあなたが決めていい。占いは信仰ではなく、選択肢。あなたのタイミングで、あなたの使い方を。大丈夫、きっと上手くいきますよ⭐️私は「いまの迷いを“次の一歩”に変える占い×コーチング」を用意しています。必要になったら、いつでも声をかけてください。
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