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野良カウンセラー

ネットニュースのタイトルが目に入りました。❝ なぜネット上に「野良カウンセラー」が跋扈(ばっこ)するのか――自称可能な肩書が生む、メンタルヘルスの危険性 ❞興味が湧き読み進めると、国家資格を持っていないカウンセラーについての記事でした。著者は大学教授です。日本でのカウンセラーを名乗ることに対する緩さと危険性。また、今後の厳しい規制を望む内容でした。その内容におおむね賛同します。私はこの教授に言うところの『野良』ではありますが^^もっと厳しくし、アメリカのように保険適応したら良いのです。カウンセリングに行く敷居を低くするために。とても必要な事だと思います。しかし、納得できぬ点も。記事から抜粋します。「いろいろな『野良カウンセラー』のプロフィールを見ると、『かつて私はうつ病で悩んで、このセラピーを受けてよくなりました』といった内容を書いていることが多い。やはり自分の中にコンプレックスやメンタルの問題があって、そこから今度は『先生』と呼ばれるような立場になって、自分のコンプレックスを癒やしたいっていう心理があるのだと思います。周りに『先生』と呼ばせて、自分の劣等感を癒やして、自尊心を守ろうとするんじゃないかと思いますね」この文章がなかったら、ここで取り上げたりはしなかったと思います。自分がかつて味わった苦しみから、相手の苦しみが分かる。全く同じでなくとも、その辛さが深いことはわかる。だからこそ、温もりを持って心を支えたい。ココナラで知り合ったお悩み相談出品者の方々は、こんな志の人が多い。強い覚悟と優しい思いを知りもせず…と腹が立ちました。もちろん私も「先生」などと呼ばれたくて学び続け
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はじめまして。叶心美寿ーかなみ みんじゅーと申します。

日々お疲れ様です。叶心美寿ーかなみ みんじゅーと申します。「誰かに話を聞いてほしい」「誰かに寄り添ってほしい」…………でも、「誰か」って……誰だ?そんな気持ちを抱いたことはありませんか?実は私もそうでした。また、SNS、note内でご自身の悩みや辛い状況について投稿されている方がよく見受けられます。何か力になれることはないか…。そういった投稿を目にする度にそんな気持ちになりました。私は民間のカウンセラーの資格を持っています。資格を取ろうと思った大きな理由は三つあります。①数多くの、「つらい思いを抱える『誰か』」の助けに、少しでもなれないだろうかと思ったから。②親しい友人が精神疾患を抱えており、力になれることはないだろうかと思ったから。(NGな関わり方について理解していたい)当初はこの2つが大きなきっかけだったのですが…。。。勉強をしていく中で、自身にも役立つことの気が付きました。③自身の今後の人生に生かしていきたいと思ったから。この3つが、私が民間のカウンセラーの資格を取得したいと思った理由になります。もともとは、子供のころから「人のこころ」というものに関心があり、「心理学を学びたい」という気持ちがあったのですが、様々な事情により、この夢は叶いませんでした。「来世に期待しよう」そんなことをおもって、すっかり諦めて過ごす日常でした。しかし、やっぱり諦めきれない、「心理」を学び、誰かと関わるという自分の夢。民間のカウンセラーの資格を取得し、ココナラなら、叶えられるのではないか。「誰か」の「誰か」に、なれるのではないか。「来世の自分にお願いしなくても、現世で叶えられるのではないか」そ
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