絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

2 件中 1 - 2 件表示
カバー画像

神世に伝わる、アマミキヨの祈り ― 神々が人々へ残した最初の願い ―

 序章|神話は終わっていないあなたは、沖縄に残る神話をどこまでご存知でしょうか。沖縄には、古くから語り継がれてきた「神世(かみゆ)」という言葉があります。それは神々が人々のすぐそばに存在し、海や風、大地や命そのものに神の気配を感じながら暮らしていた時代のことです。現代を生きる私たちから見れば、それは遠い昔の神話であり、歴史の中へ埋もれてしまった物語のように感じるかもしれません。しかし私は、神職として長年神前に立ち、多くの方々の願いと向き合う中で、あることを強く感じるようになりました。神世は終わっていない。むしろ今もなお、私たちの人生の中で静かに流れ続けているのではないか、と。 沖縄の神話は、本土の神話のように、神々が争い、国を奪い合い、力によって世界を治めていく物語とは少し違います。そこにあるのは、もっと静かで、もっと深く、人の暮らしに寄り添った祈りの物語です。海の彼方から恵みが訪れる。風や雨や実りに神の気配を見る。人は神を遠く恐ろしい存在としてではなく、暮らしの中に共にあるものとして受け止めてきました。だからこそ、沖縄に残る神話を知ることは、単に古い伝承を知ることではありません。人がなぜ祈るのか、人がなぜ誰かを想い続けるのか、そしてなぜ人生には自分の力だけでは動かせない流れがあるのか、その根に触れることでもあるのです。 その神世の物語の中心にいる存在こそが、アマミキヨです。アマミキヨは、琉球神話において島々を創り、人々が生きるための礎を整えた神として語り継がれてきました。しかし、私はアマミキヨを単に「島を創った神」としてだけ見てはいません。むしろ、アマミキヨが人々へ残した最も
0
カバー画像

私が、叶わない願いを見過ごせなくなった理由

序章|神前には、誰にも届かなかった涙が残っている神前に立つようになってから、私は数え切れないほどの願いを見てきました。恋愛成就。復縁。結婚。家族の健康。仕事の成功。人生の再出発。人は人生の節目に祈ります。苦しい時ほど祈ります。どうにもならなくなった時ほど、神様へ願いを託します。私はその願いを受け取り、祝詞を奏上し、神前へ届ける役目を担ってきました。そして、その中には。願いが叶った方もいました。何年も想い続けた相手と結ばれた方。絶望の中から人生を立て直した方。涙を流しながら感謝を伝えてくださった方。神職として、これほど嬉しいことはありません。ですが。私にはどうしても忘れられない人たちがいます。それは。願いが届かなかった人たちです。神前に願いを託したまま、二度と姿を見せなくなった方々です。私はその方々のことを、今でも時折思い出します。あの方はどうなったのだろう。今は幸せになれているのだろうか。願いは届いたのだろうか。その答えを知ることはありません。ですが私は、神前に立つたびに考えるようになりました。なぜ、同じように願っているのに。叶う人と叶わない人がいるのだろう。第一章|願いが弱かったわけではない世の中にはこんな言葉があります。想いが足りないから。努力が足りないから。執着しているから。手放せないから。ですが私は、そうは思えませんでした。なぜなら私は知っているからです。誰よりも真剣に願っていた人たちを。眠れない夜を何度も過ごしながら。食事も喉を通らないほど苦しみながら。それでも誰かを想い続けた人たちを。私は知っています。恋愛の相談を受ける中で。神前へ届けられた願いを見続ける中で。何度
0
2 件中 1 - 2