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『みんなちがって、みんないい』

シンプルに生きる コロナ渦において、個々の価値観や固定観念が急速に変化し、新しいフェーズへと進んでいます。以前の世界では物質的なもの、目に見えるものに価値を見出していました。 大きな家に住みたい、高級外車に乗りたい、有名大学に入って、有名企業に就職したいというような、他人から羨まれるようなステイタスを求める傾向が強かったと思います。 ところが、自粛生活が長期化し、他人との関わりが減る中で、自分にとって必要なもの、必要でないものが見えてきたという人も多いのではないでしょうか? こんまりさんの『ときめくかときめかないか』を基準にして断捨離をするように、『自分の心が求めているものは何か?』を判断の基準として物事を考える人が増えてきているような気がするのです。 ミニマリストやタイニーハウスなどが注目されるようになってきたのもその一例と言えるでしょう。 物に執着せずに無駄を削ぎ落とし、その作業を楽しみ、人生をとことんシンプルに生きる事で自分が望む幸せを明確にする事ができるからではないでしょうか?この世のしくみ(二元論) リモートワークや休校などにより、社会との繋がりが減った分、人間関係がシンプルになりました。ストレスが減って息がしやすくなったというような人も多いでしょう。 反面、孤独になり、寂しさや不安を感じる人が増えた事も事実です。「あなたはどちらのタイプですか?」 ここで、この世の仕組みについて少しお話します。この世に起こる出来事は『光と影』、『善と悪』、『プラスとマイナス』など表裏一体です。つまり、ものごとは、相反する2つの原理や要素から構成されているという考え方で、これを『二元論
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みんなちがってみんないい

カオルです。悲しいニュースに辛い思いをされている方もいるのではないでしょうか。わたしは多様性、という言葉が好きです。皆が認められる、自由に生きられる。世のなかがそういう方向に進んでいくことを願ってやみません。何故そう思うか。では、わたしは問いたいです。じゃあ、普通ってなんですか?普通ってなんでしょうか。平均のなかに収まることが「普通」なのでしょうか。大多数のなかに入ることで、なにかが保証されるのでしょうか。みんな同じであることが正義なのでしょうか。人が人を、個人の物差しだけでジャッジすることほど、愚かなことはありません。自分のなかにある醜さ、不満不平を人にぶつけることほど、人間性に欠けることはありません。面と向かって言えないことは、陰でも言うべきではありません。すべて愚かな行為です。そして、あなたはそんな行為に向き合う必要はありません。あなたを、耳で目で、五感で実際に判断してくれた人にだけ、向き合えば良いのです。あなたを知らない人の言葉に惑わされることはありません。あなたのこころのなかは、あなたの大切な領域です。見ず知らずの他人に惑わされることはありません。あなたを大切にしない人や環境に、誠実である必要はありません。みんなちがってみんないいのです。それを理解せず無駄なエネルギーを使ってくる相手に、あなたが時間を割く必要はありません。あなたが大切に思う人たちが、あなたを理解してくれていればじゅうぶんです。あなたは唯一無二の存在なのです。あなたはあなたでいい。その思いが、まわりを明るく照らし幸せにします。あなたは選ばれた人間なのです。人を幸せにすることができる。あなたの優しさは、こ
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「普通」って、なんだろう

こんにちは、ほんわかです。 私、この時から「普通」って言葉が、わからなくなりました。 息子のことで 「普通なのにね」と言われた、あの日。 その一言で、 普通って何?って、わからなくなったんです。 だって、私の中の普通と、あなたの中の普通は、きっと違う。 みんな違うのに、同じ「普通」なんてあるのかなって。 だから私は、この言葉のほうが好きです。 「みんなちがって、みんないい」 人それぞれ、育った環境も、価値観も、経験も違う。 だから「これが普通」なんて、本当は決められないんですよね。 でも気づかないうちに 「ちゃんとして」 「当たり前でしょ」 「普通はこうだよ」 そんな言葉で、誰かを同じ枠に入れてしまいそうになる。 私自身も、きっとそうだったと思います。 保育の現場にいると、よくわかります。 甘えんぼの子 マイペースな子 ずっと走っている子 じーっと観察している子 本当に、みんなバラバラ。 それぞれが、その子のペースで育っています。 「これが普通」なんて、ひとつも当てはまらないんです。 「普通」に当てはめようとすると苦しくなる。 でも「違っていい」って思えたら、ふっと楽になる。 私を救ってくれたのが 「みんなちがって、みんないい」 この言葉でした。 正解はいらない。比べなくていい。 あなたの普通と、私の普通は違っていい。 うちの子は、うちの子のままでいい。 それだけで、十分なんですよね。 もし今、「だいじょうぶかな」って不安になっていたら… “その子らしさ”は、ちゃんと育っています。 ひとりで抱え込まず、いつでもお話聞かせてくださいね。最後まで読んでくださり、ありがとうございまし
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人間ってカテゴライズできると思ってたけど、人はみんな、どこまでも全部違うみたい

「みんな違って、みんないい」よく聞く言葉だし、わかっているつもりでいました。でも最近、ふと思ったんです。あれ、私、全然わかってなかったなって。世の中には本当にいろんな人がいます。☠️変な人、☠️理解不能な人、☠️どうしても合わない人。正直、「それはおかしいだろ💢」「小学生からやり直せ💢」と、心の中で裁いていたことも何度もあります^^;私は、人ってある程度はカテゴライズできるものだと思っていました。🃏血液型診断や誕生日占い。🃏学歴の有無。🃏常識的か非常識か。🃏話が通じるか通じないか。🃏好きか嫌いか。でも、それ自体がもう、浅かったんだなと最近気づきました。人は、想像以上に「全部違う」。価値観も、感じ方も、前提も、地雷も、守っているものも、ほんとうに全部。だから、「理解できない人」が存在するのは当たり前だし、「合わない人」がいるのも自然なことなんですよね。それを「ダメだ」「おかしい」「間違ってる」と裁こうとするから、しんどい。「みんな違って、みんないい」という視点に立つと、不思議なくらい、許せないことが減っていきます。許す、というより、「そういう人もいる」という位置に置けるようになる感じ。相手を変えなくていいし、自分が我慢し続ける必要もない。ただ、違う。それだけ。そう思えたら、人間関係にかかっていた力が、ふっと抜けました。今まで、ずいぶん必死に、人を裁いて疲れていたんだなぁと。ちょっと気が楽になりましたよ。「理解しよう」としなくてもいい☕️「正そう」としなくてもいい👼違いを、真の意味で容認するって、こういうことなのかもしれません。そんなことを、今日の今日まで知らなかった私の気づきでし
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