気楽に読んでください、呼吸のおはなし ~その31~
昨日まで自分の呼吸に寄り添う具体的なケアをお伝えして来ました。全てまやかしやまがい物などでは無く、自分の心身でも、これまでに出会った方々にも実感して頂いて存在感が刷新されるような感覚を味わって頂けた物ばかり、というか、そのような素晴らしい経験をした中の、ほんの一部です。本当のワークショップでは、文章で書き表すような内容、つまり既に経験立証済みのやり方で臨む場合も勿論あるのですが、それよりも、呼吸と呼吸の見えざる対話から、その時々で新しく生まれる気付き、それがもたらしてくれる真新しいワークが、それこそ、感覚としては、口から出まかせのように溢れ出すことがよくあります。それはそれは、本当によくあるのです。それが、物凄い人間存在の核心を突いていたり、生きるということの根源的な意味に出会わせてくれたりと、それはそれは、口から出まかせ恐るべし、自我意識では到底及ばない世界を何度も何度も垣間見ており、なので、ブログでは、生きた昆虫では無く標本を見せているような、ちょっと悲しい気分でもあるのです。絶滅種であれば標本で大喜びでしょうが、呼吸は現在進行形、絶滅などしてませんので。ここまで、29回のオープニングとの落差加減たるや(笑)さて、それでもブログはブログ、文章は文章、割り切って進めて参ります。ここでお伝えしている呼吸のありのままの姿、もしも何となく納得してくださってるとして、それを誰か他の人に説明するとしたら、どのように説明されるでしょう。或いは幼い子供に、「おねえさん、おにいさん(←読者への行き届いた配慮)、呼吸って、なに?」と聞かれたら、何と答えてあげますか。これは、小説や絵画のタイトル
0