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「家紋は必要なの?(^^;」

「カモ~ン?」って。ちょっと言いたかっただけじゃ。でも「家紋」って、日本人なら誰もが「所有している?」紋章だよね~?!「え?家紋持ってない?!」・・・「う~ん。そうねぇ~。それは・・・アナタは外国人なのかなぁ~?それとも(キリスト教)等の外国宗教なのかしらん??」・・・まあ、別に「家紋」はあっても無くても困らんけどね。ただね~「葬式」とか「墓」には、「必要?」かも知れんね。最近は「外国人」も多くなってきたので、「家紋ナシ?」でもOKかもね。^^最近の「お墓」には「家紋」よりも「言葉」の方が「流行」みたいかな?「ありがとう」、「天国で一緒」とか「しあわせだった」とか~「愛してる」とかね~イイじゃん。まあ、昔ながらの「三段墓」とかは「頭・胴体・足」等を表しているというし。それに昔は「家を継ぐ」というのが「一般的」じゃったよね。そう男がね~「家」を継ぐのじゃ。もし「男」がいなければ「養子」でもとって「家や家紋」を継ぐのが一般的じゃったかもね。でも、最近ではね~「少子化」じゃし、「核家族化」で、そもそも「人数」が足りないもん。昔は「人」がいっぱいおったのじゃから、「家制度?」も成立していたけどね。それで「本家」という「中心」が存在して「分家」が「枝分かれ?」していったのじゃろ~て。そうそう、それで「本家」から「分家」に小分け?されたのを「家紋」にわかるように「〇=マル」を付けたのじゃ。だから「家紋」に「マル」がついていれば「分家」?ということじゃね。確かそうじゃけど、まちがっていたら、ゴミンね。ちなみにボクの家の家紋は「〇=マル」に「木瓜=キウリ」じゃ。「モッコウ」とも呼ばれるけどね。
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「ソウルトレイン~LINE・DANCE11」

やっぱこれじゃ~♪なんか最近は、ちょいと元気ないのじゃ。「歯医者」に行かないといけないのじゃ。うぉ~!「前歯」の一部が欠落したのじゃ。「ラミネート」をかぶせていたのが、いつの間にか「欠損」していたのじゃ。まあ「すんごく薄い小さな平板の歯の表面にピタッと貼っていた」ブツじゃけど、それが・・・「ありゃ?ナニかな?おっ?何じゃろか?歯の破片じゃ!」というストーリーじゃけど、まあ、やっぱこういう時こそ、ね~「ソウルトレイン・ラインダンス」じゃ。^^も~、当時の「ビッグヒット」ばっかじゃ。^^編集している時から、ボクは「ノリノリ」じゃ。みなさんもね~「約50年前のデイスコ・ミュージック」を存分に堪能(たんのう)しておくんなましぃ~♪しかし「黒人のバツグンのスタイルとヒップアップしたオシリとね~、今でも斬新な服というか、コスチュームとリズム感とファンキーなダンス」は見事じゃ。当時ボクは「中学生」位じゃけど、どれだけ「マネしよう」としたかっ!彼らの「独特で、個性豊かなダンス・テクニック」は今でもとても「参考」になるぜよ。「世界遺産」でもイイと思っておるぞよ。ホホホ(^^;あ~また勝ってにボクの「五体」が「ボデー」が~、「ムーブ」して「ビート」に合わせ、「今だ!動くんだ!レッツ・ダンシング!」と叫んでいるのじゃ「どうする?このホットなボデーを?アハン?ヘイユー!カモ~ン!」(アホかっ!?)では、当時の「昭和のデイスコシーン」をど~ぞ。ホホホ(^^i chose the line dance of soul train at the age ofthe junior high student.i
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「プライバシーの無い”江戸時代”~♪」

「おい~、また隣の文吉が、夫婦ケンカしているぞ~!」、「いやねぇ~、こんな狭い長屋でケンカなんかして~」、「ま、コッチの夜の営みもなぁ~、丸聞こえじゃからなぁ~、お互い様じゃ」・・・という時代じゃった「江戸」時代じゃ。ボクの最も「好きな時代」じゃ。法律なんて、あっても「ナイ」と同然の時代。「法律」よりも「掟(おきて)」のほうが、上位に存在していたじゃろ~時代じゃね。そりゃ~、今のような「科学文明」なんてほとんどナイもん。「平賀源内」とかね~、「伊能忠敬」とかの科学者もいたけど、ま、今から考えても、「質素だけど、美しい自然と助け合い文化?」のあった誇るべき日本のエエ時代じゃ。もし、ボクが「江戸」の街にいたら・・・おそらく「遊び人」じゃ。「え?お仕事は?ってかい?」、まあ、遊んで暮らしているんじゃから~、ま、その日暮らしでね~、「なんとか日雇いの仕事」をゲットして~、「その日のうちに、イッキにパ~ッと使ってしまう」というのが、ボクのルーテインじゃ。ど?イヤ?おそらくボクとしては「友達の長屋に居候(いそうろう)」するかもしれんね~♪どや?お前さんも、ど?んでね~、やっぱ「江戸時代」といえば、住所が必要じゃけど~、ほとんどが「貧乏人?」ばかりじゃ。おそらく「裏長屋?」といわれる、「3坪程度?の区分けされた部屋」に家族が集まって暮らしていたと思われるぞよ。^^:「八っつさん、クマさん?」なんかのかけ声?の時代じゃけど、この「裏長屋」がエエのよ~。よく時代劇で見かける「井戸」もあるしね~、「共同便所(かわや)」はもちろんじゃし~、「プライバシー」なんて言っていたら生活できん時代じゃ。「お尻
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「”さつまいも”は完全食品じゃ!^^」

ある日ボクはテレビを観ていた。^^「え?この国はパプアニューギニアかな?ここの原住民は”さつまいも”しか食べないって!?それって大丈夫なのかい?」って思ったよ。(^^;この番組って「芸能人がある国に行って、そこで色んな体験をする」っていう番組じゃったけど、まあ、しかしサツマイモだけで、けっこう「筋肉マン」じゃった!他番組じゃったかも知れんけど、「牛乳」だけしか飲まない「アフリカのマサイ」もいたと記憶しているぜよ。え~??「世界は広い・・・」誰だよ?「毎日、30品目食べないとダメですよ~」とかって放送していたと思うけど。まあ、ウソではないかもしれんが、「サツマイモ」だけとか「牛乳」が主食?とかっていう民族がいるんだから、日本人もイケルんじゃ~ないの?なにやら「農薬漬けの米や野菜?」とか「遺伝子組み換え食品満載の輸入品?」とか、他にも色々と「実験国家日本」には「他国では禁止」されている化学薬品を「国が使用許可している」というのも聞いたことあるぜよ。(^^;なんだか「パプアとかマサイの原住民」の方が、たくさんの「おいしいモノ?」に囲まれている「日本人」より健康的で、「お金のかからない生活」かもなって感じたね。(^^;たしか、戦争時には食べ物があまりナイので、「イナゴ・バッタ」とか焼いて食べたとか聞いたけど、「さつまいも」もよく「お米の代わり」に食べていたっていうのもよく聞いたね。うん、まだ「昆虫食」よりマシじゃ!ねぇ~。江戸時代の飢饉(ききん)の時には、多くのヒトが餓死したけど、「薩摩(さつま)」のヒトたちだけは、なぜか「人口増加」したと言う!(^^;まあ、それは名前を見ればもう分か
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江戸時代の占い

江戸時代の占いは、当時の人々の生活や文化に深く根ざしたものでした。以下に、江戸時代の占いについての一般的な情報をご紹介いたします。江戸時代の占いの一つに、名前を用いた姓名判断がありました。これは、個人の姓名から性格や運命を読み解くというもので、特定の字や音には吉凶があるとされていました。また、生まれ年や生まれ月、生まれ日から運勢を占う六星占術も行われました。江戸時代の占いのもう一つの主要な方法は、土俗信仰に基づくものでした。信仰対象の神や霊的な力への信仰が強く、祈祷や祈願が行われる中で、占いも行われました。代表的な占いとして、九星気学や陰陽道の理論を用いた占星術や風水術がありました。さらに、江戸時代には占い師や占い店も存在しました。これらの専門家は、独自の占術や技術を持ち、一般の人々に対して相談や予測を提供しました。占い師は、誕生日や顔の形、手相などを観察し、それを元に運勢や吉凶を判断しました。江戸時代の占いは、人々が困難や不確実性に直面した際に希望や安心を求める手段として利用されました。また、占いは当時の社会的な役割も果たしました。例えば、将来を占うことは、人々の結婚や出産、仕事などの重要な決断のための助言となることもありました。ただし、江戸時代の占いは現代の科学的な予測手法とは異なり、主観的な経験や信仰に基づいていました。そのため、占いの結果や助言は個人の信仰や価値観によって異なる場合もありました。今日のように科学的な根拠や証明に基づく予測方法は存在せず、占いは現代の科学とは異なる文化的・社会的な背景のもとで行われたものと言えます。
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「江戸時代・ロマネスク(男の生き方の模範?)3匹!💜」🎾🚴‍♀️⚔️🏓⛳😎😍

💎一人目:仙術太郎(怠け者)神童と呼ばれたが、邪道に落ち、村の人々からは、”怠け者”という名をつけられていたのです。仙術でもって、よい男になるように念じた男なのです。おのれ一人の欲望から好き勝手なる法をとった場合には、良かれ悪しかれ身についてしまってどうしようもなくなるものです。さらに、旅にも出たのです。そして、美男というものの不思議を考え続けたのです。しかし、答えは見つからずじまいでした。ちなみに、この男の仙術の奥儀は、懐手(えて)して、柱か塀によりかかり、ぼんやり立ったままで、”面白くない 面白くない 面白くない 面白くない”という呪文を何十篇、何百篇と繰り返し、低音で唱えついに”無我の境地”に入り込むことになったといわれています。💎二人目:喧嘩治郎兵衛(ならず者)父の指図通りに商売を第一として生きてきました。おのれの思想に自信がなくそれでも時々、父親に向かうし何か意見を言い表すことがあったけれど言葉の半ばでもうまるっきり自信を失っていました。彼の気持ちの中には、政治家の泣き言の意味ではない本来の意味の是非を示そうとする傾向があったのです。故に”ならず者”と呼ばれるようになったのです。世の中は、そろばんづくではない!父親は、頭の澄んだ男で子供の中には、一人くらいの馬鹿がいた方がかえって生彩があってよいと考えるのが父親だったのです。さらに、治郎兵衛がこれからもますます馬のように暴れまわってくれたならそれだけ将来の火消し頭としての資格が備わってくることだという遠い見通しから、放蕩を見て見ぬふりをしてやったというわけです。治郎兵衛は、ぜひとも喧嘩上手になってやろうと決心したのでし
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「武士(サラリーマン)から剣客そして、新政府樹立へ!💜」🎾🚴‍♀️⚔️🏓⛳😎😍

💎剣客物語!「人間の一生のうち胎内より生まれでたるその時から何よりもはっきりとわかっておることとは、いったいなんであろうかな?」「それは、必ずいつの日にか人というものは死ぬことよ」「当たり前のことじゃがな、この当たり前のことが、人というものにまさしく深くよくよくのみこめていないのじゃ!己はいつか必ず死ぬるときを迎える。この一事をこそ絶えず念頭に思い、一日一日を生き抜くことが肝要だわさ」「この一事を忘れることなく、日々を生くるものは、上は、天帝、将軍、大名から、下は、百姓、町人、橋の下の乞食に至るまでそれぞれに、己が本分を尽くすことができる」「生涯弓を弾いて暮らしても男は飽きぬものだぞよ」「某、金力を忌、努めて立身のことをも避け、一介の弓術者として生き死ぬことをひたすらに願い続けてまいった。されど、今の浮世に奇人とよばれる所以にござる。なれど、それがし、本心は、人一倍に金も欲しく、立身出世も好きな男なのでござる。好きなればこそ避けて通ったのです。お解りかな?世にある奇人たるもの、みな、それがしと同様でござろう~。”奇にして奇にあらず”つまりは、浮世の常道とやらいうものが恐ろしい。ま、臆病者でござろう!年若き頃、兄の牢死に出会うてよりそれがしは、このような男になってしもうた....!」💎ここに、一人の男がおりました。渡辺登りという男です。九州肥前大村藩士です。江戸にて修行中。二十一歳です。ペリー艦隊来航してきて日本は動乱世相へ(今で言うとコンピューター端末来航でインターネット社会へ)徳川幕府は、二百何十年もの間、諸国大名の経済、軍事の力を抑えすべてを将軍の威風の下に、従属させてきた
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占い師の仕事は心の医師なんですね?

占い師の仕事を1年でミニチャットを含めて2000件受注して分かった事は、占い師と言う仕事は心と現状を診断してその症例から占いを通して道しるべを提供する仕事だと言う事。やればやる程、難しい仕事だと感じます。自分の人生すら全てが思い通りにならないのだから他人を導くと言うのはとてつもない重たい様な難しさを感じたりします。こちら任せで依存しようとする方もいて自分の人生だから自分の頭でも考える必要がある訳であくまでもこちらはお道具箱で貴方様にこう言った能力や道もありますよと言う選択肢の一つを提示するのになぜか昨今はこちらに言えば何かをしてくれる様な神頼み的な感じになっています。診断をするとラインブロック(音信不通)されて7カ月経つのですがいつ会えますか?復縁出来ますか?と言われるとどうして良いか分かりません。ラインブロックされている時点で会いたくない、連絡を取りたくないと言う意志表示で病気で言うならステージ4な訳です。それをどう処方すれば良いのだろうか…切ないですが医師でも重病患者はある意味、手の施し様が無いと言う訳です。人間で神ではないですから手の届く範囲の方を救っていると言うのは事実です。なので占い師は神でも魔法使いでも無いので診断によっては無理です。と言えないものなのかなと感じます。そこで引っ張る方がお互いにとって時間もお金も無駄にしなくて良いと思われますすが。。。復縁(別れ話、音信不通)の相談に来る人ほど、どうにかして連絡を取る手段だったり音信不通で別れ話をしたいと言う人が多くて困ります。男性に多いのですが(これも問題だけど)自分が悪者になりたくないから別れ話をしたくないから音信
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江戸の町に恐竜?

[ 江戸の町に恐竜?] RL / クレイ クラフト制作 1997制作したCM用クレイクラフト立体イラストレーション どすん! どすん! どすん! 「ぎぃ~~~~~ええええぃい!!」 「ギュルルルル」「ギュルルルル」「 が う ー ー ー ん ぎ ゃ う う ん 」 ゴジラみたいな泣き声! ティラノの泣き声知らないからイメージね! どすん! どすん! どすん!どすん! どすん! どすん!「ギュルルルル」 「ぎぃ~~~~~ええええぃい!!」 「ギュルルルル」 ぎゃあ~~~おおおう~~~~ あ! 「ティラノの奥さんこんにちは^^」 「あら!、トリケラさんこんにちは」 「今、スーパーで野菜の タイムサービス やってるわよ!」「え!  まじ!」「それは行かなくちゃっだわW」 「早く 行かないと終わっちゃうわよ~!」「じゃあちょっと 行ってくるわネっ!」 どすん! どすん! どすん!あれ?わっ! 私 お肉しか 食べなかったわ! タイムサービスと聞くといっちゃうのよね~ 主婦の本能ね~ ××ショッピングセンター タイムサービスは朝10時から~ --------------------------------------------------CMの原稿です。これを元に製作したクラフト、なぜ恐竜?なぜ江戸時代?なぜスーパー?いつも仕事を振ってきてくれるイベントプロデュ―サーがこの頃いたのですがこの頃のプロデュ―サーどんどんぶっ壊れていったな~ぶっ飛んだ企画を沢山いた抱きました。楽しかったからいいんだけど・・・おしまいタイトル[江戸の町に恐竜?] タイムサービスは朝10時から~ ■ 技  法
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観光の原点は神様に出会う旅だった

今日の納品は産土神社鑑定1名さまでした。実り多き人生になることをお祈りしております。さて、常日頃から「神様の居場所は100均でしつらえればいい」 とか 「お守りは1年でお返ししなくてもいい」 など、私の提案はどれもこれもゆるやかなものですが、 神様はゆるやかで器の大きなご存在。 どんなおつきあいの仕方でも受け入れてくれるし、おつきあいが続けば、少しずつ暮らしにも変化が訪れると思います。 たとえば、神様をお祀りしている家は散らかしっぱなしになりにくくなります。神社へ立ち寄る習慣を持った人なら、攻撃的になったり悲観的になったりあまりしなくなるでしょう。 そこで、身近な神様との良い関係が築けてきたなと思ったら、ご近所の「マイ神社」からさらに範囲を広げて、日本中の神社から「マイ神社」を見つけることを提案します。 ※マイ神社・・・自分が居心地の良いと感じるお気に入りの神社のことを勝手にマイ神社と命名しています日帰りでも十分ですが、できれば一泊か二泊して、「非日常」を味わえたら最高ですね。 「旅行なら神社参拝よりも、美味しいものを食べて楽しみたい」 という方もいらっしゃると思いますが、することはほとんど同じだと思います。 そもそも観光の原点は「お伊勢参り」。平安~室町時代は皇室専用だったものが、江戸時代には庶民も参拝可能となり、伊勢神宮に行けるようになったことが日本人の観光のはじまりだといわれています。神様の数え方は一人、二人ではなく一柱(ひとはしら)、二柱(ふたはしら)です。 この「柱」は「光」を意味します。 キリスト教でも「光=神」という考え方があって、概念的には「光」は「希望や祈りの
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高山暮らしノート「高山陣屋」

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現在創作中のものの紹介!

こんにちは!みなさんGWはいかがお過ごしでしょうか?私は趣味で創作している物語の制作をぼちぼち行っています。この連休中のあいだに描きためようと思っていましたが、・・・まぁ汗そんなことより、今回はその創作物について少し紹介したいと思います!その名は「超江戸三十一人録」!突然追われる身となってしまった6人と道中で出会う様々なキャラクターの物語です。主人公たちは謎や困難に立ち向かっていきます。そしてキャラはみなケモノ系で、江戸風なテイストをしているのが特徴です。物語は主にTwitterをメインに発信していますので、興味のある方は覗いてください♪またイラストが少しでもいいなと思っていただけただけでも幸いです(´▽`)今後もぞくぞくとキャラクターが登場予定ですので是非お見知りおきを!
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平安時代と令和時代の情報量

現代(2022年時点)での 私たちが得る一日に情報の量は なんと、 平安時代の人たちの一生分。 江戸時代の人たちなら一年分と言われております。 情報社会ですね。 直近の2年でデータの90%は生まれるそうです。 私は、服飾業界に居たので分かりますが、 流行りのデザイン、 色も決められて選んでいると聞いたことがあります。 アパレルは工場と契約しているので 毎年、毎年、稼働させないとなりません。 その結果、デザインを変えたり、 これまで流行っていたと言われる 色をダサいことにしたりと 人工的に流行を作っていたのでしょう。 ダサいと感じることは、実は一種の洗脳されているのでしょうか。なので、 多少、流行おくれで良いのかもしれません。笑 在宅ワーカーとなった私の仕事着は今では作業服です。笑情報を得るということは大切ですが、 流されすぎず情報の取捨選択ができると良いなと思います。
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1月15日(土)は『小豆粥』を食べる日。

こんばんわ。いや〜。毎日、寒いですねぇ〜。さて!と1月7日の『七草粥』の次は『小豆粥』のお知らせです。旧暦1月15日を『小正月』と呼び、1月7日までを『大正月』と呼びます。日本には古来から1月15日の朝に『小豆粥』を食べる風習があります。平安文学の清少納言によって書かれた『枕草子』や紀貫之が女性目線で書いた『土佐日記』の中にも小正月に『小豆粥』を食べたことが記されています。また江戸時代に成人の男子が親から巣立つ儀式として行われた『元服の儀』が行われたのが1月15日であったことから『小正月』が『成人の日』となり、今日も江戸時代からの『元服の儀』は現代へと受け継がれています。小正月は『望の日』(もちのひ)とも呼ばれるので小豆粥には餅が入ります。【小豆粥のレシピ:4人分】材料:小豆カップ1、白米カップ1/2、お餅1個、鏡餅4切、塩少々1.小豆を洗い、前の晩から浸水しておく2.小豆を煮る3.冷やご飯を水でドロドロになるまで煮る4.小豆が煮えたら更にご飯に入れて一緒に煮る5.塩で調味する6.お正月の鏡餅があれば煮上がる前に小さく切って入れる(焼いても良い)7.餅が柔らかくなったら完成小豆粥で邪気を祓い1年の無病息災を願ってみてはいかがでしょうか!?
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江戸時代の夢占い~「すっぽんの夢」は吉兆?!~

日本では江戸時代にも夢占いが行われていたようです。安政の時代に書かれた夢占い本「夢合長寿鑑絵抄」は、ユーモラスな挿絵のたくさん詰まった楽しい本です。現代ではあまり馴染みのない夢がたくさん登場します。泥亀(どろがめ)を見れば、家督にありつくなり。泥亀とはすっぽんのことだそうです。家督は財産の意味のようで、吉夢ですね😃やはり昔から、すっぽんは縁起の良い生き物なのですね。しかし同じページに掲載された蟹は、まるで正反対です。蟹を見れば、万のこと散り乱れて大いに悪しく。蟹の夢を見ただけで「万のこと散り乱れ」…。なんだか有無を言わさず「凶夢!」という感じで、ちょっと怖いですね(;^_^鞠を見れば、吉相なり。よかった、鞠は吉夢なんですね😃 鞠を蹴ると見るは、悪しく、必ず災いあるべし。蹴ったらダメなんですね😞こちらの本もまた、前回のブログでご紹介したアメリカの夢占い本と同様に、心理学の裏付けなどはなく、肩肘張らずに読める楽しい本です。それはそれで楽しいのですが、現代では、夢の解釈の方法はずいぶん変わってきています。夢は、その人が抱えている個人的な事情や、見た時の状況によって、同じ夢でもその意味が変わってきます。だからこそ、夢を解釈する際には、その人の今のココロの状況をお伺いすることが必要になると思います。お伺いするためには、傾聴の姿勢が大事になると思います。私は産業カウンセラーの資格があり、傾聴の訓練を受けています。これを役立てて、よりよい夢の解釈をしていきたいと考えています。産業カウンセラー資格を持つ、心理カウンセラーによる夢の意味を解きほぐすサービスはこちらです↓https://cocon
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【助け人走る】

 私の大学生時代は、バブルの真っただ中。  2年生からは、高校時代の友人の紹介で  日本橋の電気店でアルバイトしていたが、  1年生の頃は、学生相談所に度々通って、  一日バイトや短期のバイトを獲っていた。 ────────────────────  当時、学生相談所に行くと正面のボード  にその日の有効求人が多数貼られており、  午後1時から、希望する番号のバイトに  応募するというシステムだった。これは、  江戸時代で言う「口入屋」と同じである。  本タイトル「助け人走る」は、「口入屋」  を表稼業に、裏では人助けのために殺し  もするという「必殺シリーズ」第3弾だ。  表稼業の助け人は、ゴミ拾いにドブ掃除、  果ては飼い犬の用心棒まで様々な仕事を  請け負っている。この辺は学生相談所の  仕事も似たり寄ったりで、早い者勝ちと  いうところも同じである。現代の助け人  と言えるかも知れない。ただ、当然だが、  学生相談所には、裏稼業など存在しない。 ────────────────────  「助け人走る」の裏稼業は、吉原で不当  に過酷な労働を強いられている女郎達を  集団脱走させる、仇討を手伝う、という  類の物騒な仕事で、それを遂行する過程  において、悪人の始末、即ち「殺し」が  必然的に発生する。そういうストーリー。  興味のある方は、一度ご視聴を(途中の  回から、仮面ライダーV3・風見志郎の  宮内洋氏がレギュラーの殺し屋で登場)。 ────────────────────  兎に角、当時は、学生が幾らでも仕事に  ありつけ、特に、私は1年生の終わりに  学生
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江戸時代の飢饉の恐ろしさと、ルーツや先祖

 ルーツ調べをしていると、ほとんどの場合はみなさんの「田舎や実家、本家」と思っていらっしゃるあたりに、何らかの先祖やルーツの痕跡があり、意外に簡単に遡ることができます。 今、都会に住んでいらっしゃる方でも、40代や50代であれば「父の実家」とか「祖父の実家」をある程度把握しておられることが大半なので、まあ、そのあたりをまず調べれば、氏族そのもののルーツを見つけることが容易いと言えるでしょう。 逆に、「おじいちゃんの代から都市部に住んでいます」という方は、いわゆる田舎や本家から脱出している時期が早い(おそらくは江戸時代の間)ため、そこから先をおいかけるのは、多少難しくなる傾向があります。 そのように、すごくベタな言い方ですが「実家や本家」というものと、その地域や氏族のルーツは密接に関わっているもので、「地縁血縁」のような言葉が生まれるのもそのためですね。 ところが、先日ルーツ調べに関わったおうちでは、不思議なことに「先祖の住んでいた土地と、今残っている苗字との繋がりがぷっつりと途切れている」ということが起きていました。 たしかにその苗字とおなじ地名は、少し離れたところにあるのだけれど、その村と今の苗字とは地縁や血縁が繋がっておらず、関連性がよくわからなかったのです。 もっと不思議なことがあって、ある地域に、仮にAという苗字があったとしましょう。その地域は室町時代や戦国時代からちゃんと記録に登場するくらい古い村だということがわかっています。 そこから50キロくらい離れたところにAという同じ言葉の「村名」「字名」「集落名」があるのですが、その村が出来たのは江戸時代前期の新田開発によっ
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