💎剣客物語!
「人間の一生のうち胎内より生まれでたるその時から
何よりもはっきりとわかっておることとは、いったいなんであろうかな?」
「それは、必ずいつの日にか人というものは死ぬことよ」
「当たり前のことじゃがな、この当たり前のことが、人というものに
まさしく深くよくよくのみこめていないのじゃ!
己はいつか必ず死ぬるときを迎える。
この一事をこそ絶えず念頭に思い、一日一日を生き抜くことが肝要だわさ」
「この一事を忘れることなく、日々を生くるものは、
上は、天帝、将軍、大名から、下は、百姓、町人、橋の下の乞食に至るまで
それぞれに、己が本分を尽くすことができる」
「生涯弓を弾いて暮らしても男は飽きぬものだぞよ」
「某、金力を忌、努めて立身のことをも避け、一介の弓術者として生き
死ぬことをひたすらに願い続けてまいった。
されど、今の浮世に奇人とよばれる所以にござる。
なれど、それがし、本心は、人一倍に金も欲しく、立身出世も好きな男なのでござる。好きなればこそ避けて通ったのです。
お解りかな?
世にある奇人たるもの、みな、それがしと同様でござろう~。
”奇にして奇にあらず”
つまりは、浮世の常道とやらいうものが恐ろしい。
ま、臆病者でござろう!
年若き頃、兄の牢死に出会うてより
それがしは、このような男になってしもうた....!」
💎ここに、一人の男がおりました。
渡辺登りという男です。
九州肥前大村藩士です。江戸にて修行中。二十一歳です。
ペリー艦隊来航してきて日本は動乱世相へ
(今で言うとコンピューター端末来航でインターネット社会へ)
徳川幕府は、二百何十年もの間、
諸国大名の経済、軍事の力を抑え
すべてを将軍の威風の下に、従属させてきたわけですが、
外国列強の威圧の前には、一も二もなく兜を脱いでしまい
和親条約を結ぶに至ったのです。
いわゆる「鎖国の夢破れて」です。
つまり、欧米諸国の軍備の巨大さ、素晴らしさを目前にしてみたら
こういう感覚になったのです。
そして、どういうわけか
薩摩、長州、土佐、水戸藩などが幕府の言うままにならなくなっていたのです。幕府の存続を揺るがすきっかけとなったのです。
「もはや幕府を上にいただくわけにはゆかぬ、
そして、日本を治むる大権を天皇へお返しもうしあげよう」という
”気風”になったのです。
これ、武士ではなく”剣客”になっているのです。
そして、デモ(クーデター)を起します。
このデモ隊の言い分が「勤王論」なのでした。
このデモ隊を弾圧したのが、井伊直弼大老だったのです。
京都の朝廷中心説を唱える事に対して弾圧に踏み切ったのです。
しかし、井伊直弼大老は暗殺されることになりました。
要は、外国勢力の介入を拒み、幕府を倒し新政府の樹立をスローガンとしたのです。
「尊王」か「倒幕か」 「勤王」か「佐幕」か?
さらにここに清川八郎という庄内の郷士が出現します。
この清川八郎は、薩摩をはじめ諸方の革命派を操り、京都所司代を襲撃して、
討幕運動の火の手を上げようとしたのです。
ここに、清川八郎は、浪士隊というものを作り京へ送り込んだのです。
ところがどういうわけかこの浪士隊のなかの近藤勇という男が
新選組というものを作りあげ、幕府を守る側になったのです。
ここで、渡辺登りという男ですがどういうわけか、この頃になると、
桂小五郎、坂本龍馬、中岡慎太郎などと交わり、革命運動へ!
そして、外国列強のすばらしい実力が、日本へ介入するにつれて
幕府は衰え、革命派には、大きな使命感が生まれ育って行ったのです。
坂本龍馬、桂小五郎、西郷隆盛、大久保利通などの人材(剣客)ばかりか
幕府側にも勝海舟のような日本の将来を見据えて働こうという人物が現れてくるのです。
革命には、段階があり、この段階が人を育てるのです。
坂本龍馬は、薩長土肥の四藩同盟の推進力となり、
土佐藩主、山内容堂を動かして、徳川将軍に勇退を迫ろうとしていたのです。
さらに、戦争も起こらないという構想の下に来るべき新時代の組閣のことまで
考えていた人なのです。
大詰めの状況が来ます。
徳川慶喜が大政奉還をします。慶応三年十月十七日
渡辺登り二十九歳
維新後、大阪府知事になった人なのです。
ここで考えさせられるのですが、
徳川幕府とあろうものが、浪人を集めて京都市中の護衛に差し向ける
幕府の保守政治もいよいよどん詰まりという状況へ?
しかし、これは後になっていえることであって、
その時からでも、何とか盛り返すと立ち返れば立てたと思うのです。
権力者が、政治をとるという事は、昔も今も変わりがないので
日ごとに沸騰する勤王運動には、幕府も閉口して、
何とか皇室と仲良くして、自らも勤王の実を尽くし、
苦しい政局を切り抜けようと懸命になっていたわけです。
しかし、ここにきて外国の勢力が、東方進出の辣腕を伸ばしてきて
日本の門戸開放を迫ってくるのです。
長い間の鎖国を解けと威嚇されても、外国事情にはまるっきり盲目の日本人は
というより、徳川幕府は、することなすことすべてが
うまく運んでくれないという現実があったのです。
日本のどこかに不安に脅かされ
確固たる目的と進路を見出すのに戸惑うばかり!
こんな時にこそ革新勢力が台頭するのはやぶさかではありません。
そして、諸藩のうち薩摩、長州藩が台頭してきたのです。
理由はわかりません。
薩摩、長州藩の仲は、仲たがいしていたのですが
坂本龍馬のあっせんで同盟を結んだのです。
ここに、西郷吉之助&桂小五郎(剣客)の出現があるのです。
幕府と薩長同盟軍の戦いとなり、
薩長軍が勝利を収めたのです。
幕府は刀槍 薩長軍は、近代武器を使いさらに軍隊を組織したのでした。
歴史でも政治でも人事に至るまで
人間の世界というものは先の見通しなど全くきかないのが真実であり
理屈だけで解きつくせるものではないという事が
わかったはずです。これ、人間の道理です。
維新革命の主力となった四つの藩が存在します。
それは、薩摩、長州、土佐、肥前(大村藩)です。
薩摩藩西郷隆盛率いる軍隊の力は見逃せないと考えます。
維新後の軍隊の中心は、この軍隊だったはずです。
さらにこの隆盛という人物には、外見からは想像しがたいのですが
剣客という才覚もあったと感じます。
つまり、長州藩の剣客はほとんどいなくなっているのです。
とにもかくにも
外国の来航が発端となり、国内では、当たり前のように
剣客たちの活躍が起こったのです。
この剣客の人たちは、縁があって繋がっていたのでしょうか?
そうとしか考えられません。
つまり、人間どこかで誰かが必然的に出現すると思うのですが...!
今現在も必然的に人が出現しています。
ですから確実に変化する時が来るという事なのです。
確実です。これ!
みなさん思われませんか?
ビルゲイツ、シリコンバレー(外国来航)
そして、ホリエモン(剣客)さん!
以上です。
(追伸)
人間には、”慣れる”という重宝する感覚を持っています。
新しい時代を楽しみにしましょう!
とくに若い方、人間にとって最適な時代の到来ですよ!!!💜