絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

2 件中 1 - 2 件表示
カバー画像

「66才父親が、11才の息子殺害ナゼ?」

「子育て世帯臨時給付金のイメージ と現金」「良い家庭環境 明るいイメージ」「老後の貧困イメージ」「マカオの密集した集合住宅」「生活保護」「臨時特別給付金のご案内の封筒」「貧困でがっくりするデッサン人形 豚の貯金箱」「格差社会」==========「父親(66)小6息子を殺害か」===========何かねぇ。ほぼボクと同級生的なヤツじゃ。なんという悲劇じゃ。;;父親にとっての「最後の希望」じゃ。たとえ「障害」があったとしても。パパは「息子」を「自転車の後ろの座席」に乗せていたという。もうかなり大きな「息子」になっていたであろうに。「学校」に一緒に行っていた「パパと息子」じゃ。「ママ」はすでに亡くなっていたという。;;そう「10年前」にじゃ。何らかの「病気」であったのか?今では、わからない。しかし、「パパ」がまだ「55才」の頃の「初の子供」じゃが、年齢が年齢だけに「かなりの覚悟」が必須じゃ。普通ならそろそろ「定年」じゃ。やはり人間は年をとり、老いていく。報道では「経済的な困窮(こんきゅう)状態」じゃったとのことじゃ。つまり「パパ」は失業状態じゃった?みたいじゃね。それで、「役所に生活保護の申請」を出し、それを「福祉事務所」が受けて?晴れて「生活保護」が受任されれば、この親子は助かったかもしれん。ただね~、「ママと子供」には意外と支援されやすい現状があるの。確かそうじゃ。それとは逆に「パパと子供」って、あまりなぜか知らんが、「支援されにくい?」というのがあったと思うよ。なんでじゃろか?やっぱし「男性のほうが稼ぎがいいのでは?」という偏見?があるのかもじゃね。わからんが。まあ、それと
0
カバー画像

新生活は車上生活で

「車上生活」ときいてどこかネガティブなイメージを持つ人は少なくないだろう。よくニュースの特集コーナーなどで「貧困」「生活困難」「失職」「困窮」と言った理由で家を失い、致し方なく車の中で寝泊りをせざるをえない人たちを「車上生活者」として紹介するのを見かける。Youtubeなどのチャンネルでもそう言った方達の生活状況を検索すればいくらでも見ることができる。確かにそう言った状況に陥ってしまうこと自体はネガティブなことだろう。でも「車上生活」は本当にネガティブな意味合いで使われるだけの言葉だろうかと自分は思う。僕はミニマリストである。いわゆる必要最低限のものだけしか家になく、ガランとした家で質素に生活しているライフスタイルなのだが、昨年自分はたくさんの不要なものを手放していく中でついに『家』の存在が必要なのかというところまで来た。家に求めるものというと、天気の良し悪しに関係なく雨風をしのげて、用を足したければトイレがあり、清潔感を保ためのお風呂があり、空腹の時はキッチンで料理を作り食べて、夜は体を休めるために就寝もできて、何より家族で一緒に過ごすことができると言うそんな空間である。しかし果たしてそれら全てが「家」出ないと満たせないのだろうかと自分は思い立ったのだ。次回、こんな突拍子もない疑問を感じた経緯と、それに対して自分なりの代替案を提案しようと思う。
0
2 件中 1 - 2