私は政治家ではなく、臨床家になりたい
この11か月、私はnoteで文章を書いてきた。 不特定多数の人に向かって、自分の考えていることを発信する。 読んでくれる人が増えれば嬉しい。スキがつけば嬉しい。たくさんの人に届く記事とは何なのかを考え、タイトルを変えたり、テーマを変えたり、ときには一日に何本もの記事を書いたりもした。 けれど、最近になって思う。 私は、政治家になりたいわけではなかった。 もちろん、本当の意味で政治家になりたいという話ではない。 ここでいう「政治家」とは、不特定多数の人に向かって言葉を投げかけ、人々の関心を集め、空気を読み、多くの人の心をつかむ人の比喩だ。 大勢の前に立てば、一人ひとりの顔を見て話すことはできない。 「いま、多くの人は何を求めているのか」 「どんな言葉なら反応してもらえるのか」 「どんなテーマなら読んでもらえるのか」 そうやって、ある程度は「多数」を相手にしなければならない。 これは一つの能力だと思う。 そして私は、この能力がそれほど得意ではないのだと思う。 100万人ではなく、目の前の一人 noteを書いていると、数字が見える。 PV、スキ、フォロワー。 数字が増えると、「届いた」と感じる。 けれど、そこで私は少し不思議なことにも気づいた。 相手の顔が見えない。 この記事を読んだ人は、どこで立ち止まったのだろう。 何を面白いと思ったのだろう。 逆に、どこで「違うな」と思ったのだろう。 本当は何を知りたかったのだろう。 数字だけでは、ほとんど分からない。 私はたくさんの人に向かって話している。 しかし、向こうから返ってくるものは限られている。
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