この11か月、私はnoteで文章を書いてきた。
不特定多数の人に向かって、自分の考えていることを発信する。
読んでくれる人が増えれば嬉しい。スキがつけば嬉しい。
たくさんの人に届く記事とは何なのかを考え、タイトルを変えたり、テーマを変えたり、ときには一日に何本もの記事を書いたりもした。
けれど、最近になって思う。
私は、政治家になりたいわけではなかった。
もちろん、本当の意味で政治家になりたいという話ではない。
ここでいう「政治家」とは、不特定多数の人に向かって言葉を投げかけ、人々の関心を集め、空気を読み、多くの人の心をつかむ人の比喩だ。
大勢の前に立てば、一人ひとりの顔を見て話すことはできない。
「いま、多くの人は何を求めているのか」
「どんな言葉なら反応してもらえるのか」
「どんなテーマなら読んでもらえるのか」
そうやって、ある程度は「多数」を相手にしなければならない。
これは一つの能力だと思う。
そして私は、この能力がそれほど得意ではないのだと思う。
100万人ではなく、目の前の一人 noteを書いていると、数字が見える。 PV、スキ、フォロワー。 数字が増えると、「届いた」と感じる。
けれど、そこで私は少し不思議なことにも気づいた。
相手の顔が見えない。 この記事を読んだ人は、どこで立ち止まったのだろう。 何を面白いと思ったのだろう。
逆に、どこで「違うな」と思ったのだろう。
本当は何を知りたかったのだろう。
数字だけでは、ほとんど分からない。
私はたくさんの人に向かって話している。
しかし、向こうから返ってくるものは限られている。
いつの間にか、私の発信は一方通行になっていた。
私は昔から、政治家には向いていないと思っていた。
私は、大勢の人の空気を読んで、その場全体を動かすことがあまり得意ではない。
それよりも、一人の人と話しているほうがいい。
目の前の人が何を言おうとしているのか。
言葉になっていない部分には何があるのか。
「こういうことですか」 と返してみる。 違えば、また聞く。
そうやって少しずつ相手の輪郭をつかんでいく。
私は、そういう関わり方のほうが肌に合う。
だから最近、こんな言葉が頭に浮かんだ。
私は政治家ではなく、臨床家になりたい。
ここでいう「臨床家」も、医師や心理職を名乗るという意味ではない。
「臨床」という言葉を、もっと素朴な意味で使っている。
目の前にいる一人を見る。 その人が何に困っているのか。
何を求めているのか。 こちらがあらかじめ用意した答えを当てはめるのではなく、その人から返ってくるものによって、自分の言葉も変えていく。
私は、そういう仕事がしたい。
小説を読むことも、たぶん同じだった。
そこで私は、ココナラで小説を読むサービスを始めた。
私がやりたいのは、
「小説とはこう書くべきです」 と上から正解を教えることではない。
一つの作品を、初めて読む。
そして、
「私はここで立ち止まりました」
「この人物は、私にはこう見えました」
「ここは一度読み返しました」
「ここでは、こういう意味だと思って読んでいました」
と返す。
すると作者から、 「そこは実は、こういう意図だったんです」 という言葉が返ってくるかもしれない。
そこで初めて、 作者が書いたものと、一人の読者が受け取ったものとの差 が見えてくる。
これは、不特定多数へ向かって文章を発信することとは、かなり違う。
目の前に一つの作品がある。
その向こうに、一人の書き手がいる。
私はそれを読む。 そして返す。 相手の反応を受けて、また考える。
この往復がある。
私はどうやら、こちらのほうが好きらしい。
noteをやめるわけではない。
だからといって、noteをやめようとは思っていない。
むしろ、noteの役割が少し分かってきた気がする。
これまでは、 「たくさんの人に読んでもらい、記事そのものを売る場所」 としてnoteを見ていた。
これからは少し違う。
私が小説をどう読むのか。
どんなところで立ち止まるのか。
一つの文章から何を考えるのか。
そういうものを見てもらう場所にしたい。
そして、
「この人に自分の小説を読んでもらったら、何が見えるんだろう」
と思ってくれる人が一人でもいたら、その人と個別に向き合いたい。
千人に同じ答えを届けるより、 目の前の一人によって、答えそのものが変わる仕事。
私はたぶん、そちらをやってみたかったのだと思う。
一年間、遠回りして分かったこと noteを始めて、もうすぐ一年になる。
たくさん書いた。 読まれた記事もあった。 売れなかった記事もたくさんあった。
どうすれば読まれるのか。
どうすれば売れるのか。
ずいぶん考えた。 それでも、なかなか思うようにはいかなかった。
けれど、その遠回りをしたからこそ、ようやく問いそのものが変わった。
「どうすれば大勢に売れるのか」ではなく、 「私は誰と、どんなふうに関わりたいのか」。
私は政治家ではなく、臨床家になりたい。
大勢を振り向かせる言葉を探し続けるより、
目の前にいる一人の声を聞きたい。
その人が書いた一文に立ち止まり、
「私は、ここでこう感じました」 と返したい。
だから副業二年目は、少し違うnoteの使い方をしてみようと思う。
広く届けることから、深く読むことへ。
その先に何があるのか。
今度は、それを試してみたい。
もし、自分の作品を「一人の読者」に読んでもらいたいと思ったら、 下にリンクを置いておきます。
あなたの小説を「一人の一般読者」として読みます。
プロの講評とは違う、「読者にはどう見えたか」をお返しします。