小説を書いて何度も読み返していると、不思議なことが起こります。
作者には、登場人物の過去も、作品のテーマも、この台詞を書いた理由も分かっています。
だから本文に十分書かれていなくても、無意識に補いながら読むことができます。
僕自身、創作をしていて、このことを強く感じるようになりました。
自分の作品を、自分とは違う人間の目で読むことはできない。
そこで、このサービスでは作品を一人の読者として初見で読み、
「私はこう読んだ」
をできるだけ具体的にお返しします。
プロの講評とは役割が違います
出版社の編集者、作家、文学に詳しい講師などに作品を読んでもらうことには、大きな価値があります。
作品の完成度、文章技術、構成、新人賞での評価など、専門的な視点から助言を受けられるからです。
このサービスは、それとは違います。
僕が提供するのは、
「専門家にはどう評価されるか」ではなく、「一人の読者の頭の中で、あなたの小説がどう立ち上がったか」
です。
たとえば作者は、
「この人物は相手を愛している。でも、それを認められない」
というつもりで書いていたとします。
ところが僕には、
「相手にほとんど関心がない人物」
として見えるかもしれません。
反対に、作者がそれほど重要だと思っていなかった一言から、強烈な人物像を感じることもあります。
どちらが「正解」ということではありません。
作者の中にある作品と、読者の中に出来上がった作品とのズレ。
そこを知ることが、次の推敲の材料になります。
お返しするのは「採点」ではありません
基本的に、
「ここを削るべきです」
「この展開に変更してください」
「新人賞なら○次選考程度です」
といった指導は行いません。
代わりに、
「ここで初めて、この人物を怖いと感じました」
「この台詞から、私はこういう人物だと思っていました」
「ここで時間軸が分からなくなり、一度前のページに戻りました」
「伏線とは気づきませんでした」
「作者の意図とは違うかもしれませんが、僕にはこう読めました」
といった、実際に読んでいる最中に起きた反応を言葉にします。
良かったところについても同様です。
単に「面白かったです」で終わらせず、
どの文章から、何を受け取り、なぜそう感じたのか
まで可能な限り言語化します。
ブログで、講評例を載せました。ご参考くだされば有難いです。
⇒
https://coconala.com/blogs/3194199/802399
この商品を下支えする研究は次の通りです。
読解研究では、読者は文章に書かれた情報だけから意味を作るのではなく、すでに持っている知識を利用しながら文章を理解することが知られています。Anderson & Pearson(1984)のスキーマ理論では、記憶に蓄えられた既有知識が、新しい文章の解釈や推論に関与すると論じられています。
さらにGraesser、Singer、Trabasso(1994)は、特に物語の理解について、読者が知識に基づくさまざまな推論を行いながら、出来事や人物を結びつけ、一貫した意味を構築すると論じています。
つまり作者が自作を読むときには、「書いてあるから分かる」のか、「自分が知っているから補完して分かってしまう」のかを区別する必要があります。