宇佐見りん「推し、燃ゆ」講評例

宇佐見りん「推し、燃ゆ」講評例

記事
学び
以下、太字は引用者による。

① ……ネットニュースを確認したあと、タオルケットのめくれ落ちたベッドの上で居竦まるよりほかはなく、……(3頁)

「確認したあとは」が時間的な局面転換を強く標示するため、読者に次の展開を予期させる。一方、「居竦まるよりほかはなく」は展開ではなく行動不能・静止を表す。そのため、文の談話的な推進力と意味内容の停止感との間に齟齬が生じている。この「ぶつかり」が必ずしも悪文とは限らないこと。「ニュースを見た。それによって時間そのものが止まった」という人物の心理なら、この推進→停止の落差を意図的に利用することもできる。

② 無事? メッセージの通知が、待ち受けにしていた推しの目許を犯罪者のように覆った。

 言いたいことはわかる。しかし、その読みを成立させているのは読者の読みに大きく寄りかかっている。基本構造は《通知が覆った》で、ここに「犯罪者のように」というのだ。言いたいのは、通知のポップアップ表示が、だろう。それが「犯罪者のように」とはどういうことだろうか。たぶん犯罪者の写真がそうであるように、目許を覆ったというのが伝えたいことのはず。
 だが、事実として国内の報道では、容疑者・被告人の目許は画面に映る。「犯罪者」という連想が、日本の読者にとって十分に共有された類型なのか。ここに違和感があった。

③ 柑橘系の制汗剤が冷たく匂った。(4頁)/ きついまぶしさで見えづらくなった画面に

 「冷たく匂(う)」というのは、共感覚的で文学的でもある。情景がすぐに立ち上がる。「きついまぶしさ」も、身体的な刺激の強さを視覚表現へ重ねたものとして、広い意味では共感覚的と読める。ただし、「きつい」はすでに感覚横断的な程度表現として日常語化しているため、「冷たく匂う」ほど感覚領域の交錯は鮮明ではない。

④ スタンプみたいな屈託のない笑顔が言った。(4頁)

 確かに通常なら「人が言った」だから、身体的表情である「笑顔」を発話主体にしている。これは単なる好みだけでなく、換喩的な主体化として読める。

「スタンプみたいな」も含めると、人物そのものより、画面上に現れる記号化された〈笑顔〉がしゃべっているように知覚される表現とも読める。『推し、燃ゆ』の世界観を考えるなら、むしろここは積極的に評価できる余地がある。

⑤ 見せられた数枚のチェキには……(5頁)

 最初に読んだとき、「見せられた」という受け身にする必要があるだろうか、と引っかかった。受け身はときに主体を曖昧にし、文の運びを重くするからである。
 しかし、「見せられた」はいわゆる「迷惑の受け身」としても読むことができ、文脈によっては、単に「見る」という行為だけではなく、他者の行為によってそれを見せられたという被影響性を帯びる。「見せてくれた」とすれば、今度は相手の行為を話者側にとって恩恵的に捉えるニュアンスが生じる。
 したがって、ここは単純に能動的な表現へ置き換えればよいとは言えない。むしろ問うべきなのは、この場面で「見せられた」がもつ被影響性が必要なのか、それとも受け身による文の重さのほうが勝っているのか、ということだろう。






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