「こういう心理では?」と読めたなら、本当に書き足す必要があるのか――小説における省略について

「こういう心理では?」と読めたなら、本当に書き足す必要があるのか――小説における省略について

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小説を読んでいると、ときどき「少し舌足らずだな」と感じる文章に出会います。

そこで読み手は考えます。

「作者は、本当はこういうことを言いたかったのではないか」

「この人物には、こんな心理が働いているのではないか」

そして、その仮説をもとに「だったら、この心理をもう少し書き足したほうがいい」と講評することがあります。

しかし私は最近、ここに一つの問題があるのではないかと考えるようになりました。

読み取れたという事実そのものを考えてみる


たとえば、ある人物の行動について、

「これは罪悪感からやっているのではないか」


と読み手が解釈したとします。

そこで、

「罪悪感からそうしていることを、もう少し明確に書いたほうがいい」

と作者に提案する。

一見、もっともな指摘です。

しかし、少し立ち止まって考えてみたい。

なぜ読み手は、その人物に罪悪感があると推測できたのでしょうか。

何も書かれていないところから、突然その解釈が生まれたわけではありません。

人物の置かれた境遇、それ以前の行動、使われている言葉、周囲との関係――そうした情報を組み合わせた結果、

「この人物には罪悪感があるのではないか」

という読みが立ち上がったはずです。

だとすれば逆に、

その解釈を成立させるだけの情報は、すでに原稿の中に存在している

とも考えられます。

ここが面白いところです。

「家族が濡れて帰ってきた」


極端に単純な例を考えてみます。

小説に、

家族がずぶ濡れになって帰ってきた。

と書かれていたとします。

多くの読者は、

「外で雨が降っていたのだろう」

と推測するでしょう。

場合によっては、

「傘を持っていなかったのかな」

とまで想像するかもしれません。

では作者は、

外では雨が降っていた。家族は傘を持っていなかった。そのため、ずぶ濡れになって帰ってきた。

と書かなければならないでしょうか。

もちろん、作品によっては必要でしょう。

しかし、

家族がずぶ濡れになって帰ってきた。

だけでも、雨の光景はかなり自然に立ち上がります。

ここに小説の面白さがあります。

書かれていない情報を、読者が自分の経験や常識を使って補完する。

作者がすべてを書く必要はありません。

むしろ「晴れていた」と書くとドラマが始まる


さらに面白いのは、この推論を作者が裏切った場合です。

家族がずぶ濡れになって帰ってきた。
外は晴れていた。

こうなると、一気に状況が変わります。

読者は、

「えっ、どうして濡れているの?」

と思う。

「濡れている→雨」という、読者が無意識に作った因果関係が破壊されたからです。

川に落ちたのかもしれない。

誰かに水をかけられたのかもしれない。

あるいは、まったく別の出来事があったのかもしれない。

つまり作者は、読者が情報を補完する性質を利用することさえできます。

書かないことで読者に推論させ、必要なところだけ、その推論を裏切る。

ここには一つの小説作法があるように思います。

「説明不足」と「余白」は同じものではない


もちろん、だからといって何でも省略すればよいわけではありません。

読者がAともBともCとも読めてしまい、作品の重要な場面が成立しなくなるなら、本当に情報不足なのかもしれません。

一方で、

「こういう心理なんじゃないか」

と複数の読者が自然に到達できるのであれば、それは必ずしも説明不足ではない。

むしろ、その心理を明文化してしまうことで、

この人物は罪悪感を抱いていた。

という作者による正解発表になってしまうことがあります。

私はここを慎重に考えたいのです。

講評するときにも「なぜ私はそう読めたのか」を考える


これは、自分で小説を書くときだけでなく、他人の小説を講評するときにも重要だと思っています。

「ここは説明不足です」

と思ったとき、すぐに文章を足すことを提案するのではなく、

「そもそも私は、何を根拠に『説明不足』だと思ったのだろう」

と考えてみる。

そして、

「本当はこういう心理なのではないか」

という仮説を自分が立てられたのなら、もう一段考える。

なぜ私は、その心理を読み取れたのだろう。

その根拠がすでに作品内に十分存在するなら、必要なのは加筆ではないかもしれません。

むしろ、書かないほうがいい場合さえある。

小説では、書かれている文章だけが作品なのではない。

書かれた言葉と、読者がそこから立ち上げるものとの間にある空白もまた、作品の一部なのではないか。

最近、小説を読んだり書いたりしながら、そんなことを考えています。


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