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大事件なのに、なぜか乾いている ―コーエン兄弟の映画から学んだ、聴くということ。

映画好きな私が、10~20年近く前に観た中でもずっと頭から離れない監督がいます。ジョエル&イーサンのコーエン兄弟です。これまで「ファーゴ」「バートン・フィンク」「ミラーズクロッシング」「ビッグ・リボウスキ」「バーンアフターリーディング」「ノーカントリー」「トゥルーグリット」と観てきましたが、中でも特に好きなのが「ファーゴ」「ノーカントリー」「トゥルーグリット」の3本です。この3本に共通しているのは、誘拐、殺人、復讐といった、ものすごく深刻な出来事が起きているのに、なぜか画面全体がどこか乾いていて、シュールで、皮肉めいた空気をまとっているところ。この温度差に、最初はずっと戸惑っていました。怖いのか、おかしいのか、悲しいのか。感情の置き場が分からないまま、気づけば画面に釘付けになっていたんです。深刻さと乾いた空気が同居する不思議「ファーゴ」は、雪に覆われたミネソタの田舎町が舞台です。人々はやたらと礼儀正しく、「オゥ、そうかい」「悪いね」と柔らかい言葉を交わし合う。なのに、その裏側では誘拐や殺人が淡々と進んでいく。捜査するマージ・ガンダーソン署長は、妊娠中のお腹を抱えながら、いつも通りの調子で「そうですか」「なるほどね」と相槌を打ち続けます。取り乱すことも、声を荒げることもない。その「普通さ」が、逆に事件の異様さを際立たせていました。「ノーカントリー」では、殺し屋アントン・シガーが、コイントスで人の生死を決めるという、あまりに理不尽なルールを持ち込んできます。彼にとってそれは冷酷さというより、もはや自然現象のようなもの。追う立場の保安官ベルは、事件を解決するというより、自分の
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