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人の不幸は蜜の味⁉(Vol.3)

目を留めていただき ありがとうございます。今日は、前回の続きから書いていきたいと思います。(私の見解など多く書いているので、いろいろ意見はあると思いますが、楽しんでもらえると嬉しいと思います。)人の不幸は蜜の味の人もいれば人の不幸を悲しみ 人の幸せを喜んであげられるそんな人もいる、その違いはなんでしょうか?生まれつきの気質なのか?後天的な環境のせいなのか?どっちが強く影響しているのでしょうか?私的意見としては、もちろんどちらも影響してるだろうけど環境、特に人的環境っていうのが非常に大事じゃないかなと思っています。それに「いなくなれ」とか「不幸になっちゃえ」と思うと、自分の脳が勘違いして、相手を貶めているつもりが、自分にも負荷をかけてしまいます。それを理解して相手のためにというより、自分のために幸せを願える力の有無もあるのではないかと考えています。まず「人的環境」の影響については、人間は身近な人の感情や思考パターンを無意識に真似する(同調する)生き物です。周りが常に誰かの悪口や嫉妬ばかり言っている環境にいると、脳の警戒モード(防衛本能)が解けなくなって、他人の不幸を喜ぶメンタリティが強化されていきます。逆に、お互いの幸せを喜び合える温かい人間関係の中にいれば、自然と脳のリラックス系(オキシトシンなど)が働いて、共感の回路が育ちやすくなります。それと後半の「脳の勘違いと自分への負荷」については脳科学的に言える事なんです。脳の癖として、主語を認識できません。脳(特に感情を司る古い領域)は「主語」を正しく認識するのが苦手です。「あいつ不幸になれ」と強く願ったり呪ったりしている時、脳は「
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