タイパの時代だからこそ。メンタル不全に悩む人の心を開く「非効率な時間」の価値
近年、私たちの日常で「タイパ(タイムパフォーマンス=時間対効果)」という言葉を耳にしない日はありません。あらゆる場面で効率や生産性が最優先され、最短ルートで成果を出すことが美徳とされる現代社会。限られた時間を有効に使うことは、確かにスマートで必要なスキルかもしれません。しかし、すべての事象を効率という物差しだけで測ろうとする風潮に、どこか息苦しさを感じている方も少なくないのではないでしょうか。だからこそ今、私たちはあえて「じっくりと手間をかけること」の持つ贅沢さと、その本当の価値を見つめ直す必要があると感じます。特に、メンタルに不調を抱え、心が傷ついている人に寄り添おうとする時、タイパを意識した効率主義は絶対にNGです。■効率主義が、傷ついた心をさらに追い詰める心が著しく弱っている状態にあるとき、人間の感情や脳の働きは、機械のように論理やデータだけで割り切れるものではありません。他者の心に深く触れ、その痛みを和らげようとするプロセスに、効率的な近道など存在しないのです。メンタル不全に陥っている方は、心身ともに激しく消耗しています。そのため、頭の中で考えを整理し、筋道の通った文章を組み立てて話すことができなくなってしまうケースが多々あります。主語や述語が分からなくなり、やっとの思いで「単語、単語」を絞り出すようにして、一生懸命に自分の状態を伝えようとされるのです。このような時に、周囲やサポートする側が、ビジネスライクなタイパの感覚を持ち込んでしまったらどうなるでしょうか。「要するに何が言いたいの?」「手短に結論だけ教えて」そんな風に、効率よく結論を求めるような態度を少しでも見せて
0