【ブログ120編を迎え】「頑張ればできる」が通用しない場所で。家族がうつ病になったとき、私たちが手放すべきもの
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 冒頭、ご挨拶申し上げます。おかげさまを持ちまして、この蛇ブログも120編を超えることができました。これもひとえに、読者である皆様のおかげであります。 メンタル不全者をこれ以上増やしたくない、という一念で始めたブログですが、ここまで毎日投稿を続けることができるとは思っていませんでした。 改めて、皆様に感謝申し上げます。これからもよろしくお願い申し上げます。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■昭和、そして平成という激動の時代を、私たちは「努力と気合」で駆け抜けてきました。目の前の壁は乗り越えるためにあり、休むことは停滞を意味する――。そうやって家庭を、そして社会を支えてきたという自負が、私たちにはあります。だからこそ、大切な家族が「うつ病」と診断されたとき、私たちは戸惑います。「もっと気合を入れろ」「気持ちの持ちようだ」そんな言葉が、つい口を突いて出てしまうかもしれません。それは、あなたがこれまでその方法で人生を切り拓いてきた、本気の優しさだからです。しかし、うつ病という場所においては、その輝かしい成功体験が、時に愛する人を追い詰める刃になってしまうことがあります。今一度、私たちが培ってきた「常識」を少し横に置いて、この病気との向き合い方を考えてみませんか。■根性論が通用しない「脳のエネルギー切れ」まず知っていただきたいのは、うつ病は「心の弱さ」でも「甘え」でもないということです。最前線で闘い抜いてきた皆様なら、車の燃料が完全に切れたら、どれだけ優秀なドライバーでも1歩も進めないことはよく
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