脇にいながら、物語を動かす人たち ―足立智充さんと宇野祥平さんのこと。
映画を観ていて、「あ、この人が出てるだけで安心する」と思う俳優さんがいます。私にとってそれが、足立智充さんと、宇野祥平さんです。主演でも、ほんの数分の出演でも、そこに映っている限り、目が離せなくなる。今日はそんなお二人と、私が一番衝撃を受けた作品「夜を走る」について書いてみようと思います。「夜を走る」という不思議な映画序盤は、正直かなり陰鬱な空気の作品です。何かがじわじわと積もっていくような、息の詰まる時間が続きます。ところが中盤から、物語は思いもよらない方向に転がり始める。「え、こんな映画だったの!?」と、観ながら何度も声が出そうになりました。足立智充さんが演じるのは、冴えない、どこにでもいそうな地味な青年です。その「普通さ」がまず絶妙で、観ているこちらも油断してしまう。そこに、宇野祥平さんが演じる、胡散臭い宗教団体の教祖が現れます。この教祖役が、本当に不気味でした。顔は終始笑っている。でも、その奥で何を考えているのか、まったく読めない。のめり込んでいく信者たちを見つめる目には、狂気とも呼べる何かが確かに宿っていて、笑顔なのに背筋が冷える、という矛盾した感覚を何度も味わいました。あの胡散臭さは、宇野さんだからこそ成立していたハマり役だったと思います。普通の青年と、得体の知れない教祖。この対比が、物語が転がり出してからの衝撃をより大きくしていたように思います。足立智充さんという振れ幅足立智充さんを初めて意識したのは、竹馬靖具監督の「ふたつのシルエット」でした。ここで足立さんが演じるのは、感情も言葉も、あまり表に出さない人物です。物語の中で、彼は別れた元恋人と再会します。付き合っ
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