脇にいながら、物語を動かす人たち ―足立智充さんと宇野祥平さんのこと。

脇にいながら、物語を動かす人たち ―足立智充さんと宇野祥平さんのこと。

記事
コラム
映画を観ていて、

「あ、この人が出てるだけで安心する」
と思う俳優さんがいます。

私にとってそれが、
足立智充さんと、宇野祥平さんです。


主演でも、
ほんの数分の出演でも、
そこに映っている限り、目が離せなくなる。


今日はそんなお二人と、
私が一番衝撃を受けた作品

「夜を走る」
について書いてみようと思います。



「夜を走る」という不思議な映画


序盤は、
正直かなり陰鬱な空気の作品です。

何かがじわじわと積もっていくような、
息の詰まる時間が続きます。


ところが中盤から、
物語は思いもよらない方向に転がり始める。

「え、こんな映画だったの!?」と、
観ながら何度も声が出そうになりました。


足立智充さんが演じるのは、
冴えない、どこにでもいそうな地味な青年です。

その「普通さ」がまず絶妙で、
観ているこちらも油断してしまう。


そこに、
宇野祥平さんが演じる、
胡散臭い宗教団体の教祖が現れます。

この教祖役が、本当に不気味でした。

顔は終始笑っている。

でも、
その奥で何を考えているのか、まったく読めない。

のめり込んでいく信者たちを見つめる目には、
狂気とも呼べる何かが確かに宿っていて、

笑顔なのに背筋が冷える、
という矛盾した感覚を何度も味わいました。


あの胡散臭さは、
宇野さんだからこそ成立していたハマり役だったと思います。


普通の青年と、
得体の知れない教祖。

この対比が、
物語が転がり出してからの衝撃を
より大きくしていたように思います。



足立智充さんという振れ幅


足立智充さんを初めて意識したのは、
竹馬靖具監督の「ふたつのシルエット」でした。


ここで足立さんが演じるのは、
感情も言葉も、
あまり表に出さない人物です。


物語の中で、彼は別れた元恋人と再会します。

付き合っていた当時は、
うまく言葉にできなかった気持ち。

別々の人生を歩み始めた今になって、
ようやくそれに気づく。

でも、
気づいたところで、もうどうにもならない。


そんなやるせなさが、
セリフではなく
表情や仕草の端々からにじみ出てくる。

「大切にしていたんだな」という哀愁が、
言葉を尽くさないぶん、

逆にまっすぐ胸に刺さってきて、
「あー…良いなあ…」
…と声が漏れてしまいました。


同じ竹馬監督の「のほうへ、流れる。」でも、
その繊細な佇まいは変わりません。


でも「夜を走る」を観てから、
足立さんへの印象は大きく広がりました。

あの静かな佇まいの奥に、
あんな激しさが潜んでいたのかと。


かと思えば
夜明けのすべて」のような優しい作品では、
また違う柔らかさを見せてくれる。

雨の中の欲情
のような一癖ある作品にも顔を出す。


一人の俳優が、
こんなにも違う顔を見せてくれることに、
単純にワクワクしてしまいます。



宇野祥平さんという圧


宇野祥平さんは、
出てるとつい観たくなる俳優さんです。


「夜を走る」での教祖役だけでなく、
罪の声」での演技は忘れられません。

実は助演男優賞を受賞されているのですが、
それも納得です。


登場した瞬間、
正直「これ、宇野祥平さんなの?」
と分からないくらい、ガリガリに痩せた姿でした。


過去の出来事にずっと囚われ続けている人物で、
その悲壮感が画面から滲み出てくる。

観ているこちらまで、
息苦しくなるような感覚になりました。


同じ「地味な脇役」でも、
「夜を走る」の
不気味な笑顔とはまったく違う質感の芝居で、
この振れ幅にも驚かされます。


かと思えば
舟を編む」や
ケンタとジュンとカヨちゃんの国
のような作品にも顔を出し、

そのたびに違う表情を見せてくれる。


ぼっちゃん」や
ビリーバーズ
百円の恋」でも、
独特の存在感を放っていました。



お二人が交わる場所


不思議なのは、
こんなにタイプの違う二人が
「夜を走る」という一本の映画の中で、
ちゃんと同じ緊張感を共有していたことです。


静かな不穏さを纏う足立さんと、
圧のある芝居で場を締める宇野さん。

その対比があったからこそ、
あの中盤からの展開の衝撃が、
より際立ったのかもしれません。



傾聴の仕事と、脇にいる人たちのこと


私は普段、
電話やチャットで人の話を聴く仕事をしています。


そこで感じるのは、
「主役」になれない気持ちを抱えている人が
本当に多いということです。


誰かの人生の脇役のような気がして、
自分の痛みや違和感を、
うまく言葉にできずにいる人。


足立智充さんも宇野祥平さんも、
主演でなくても、
ほんの少しの出番でも、

その場に
「生きてる質感」をしっかり残していく俳優さんです。

脇にいるからこそ
拾える生々しさというものが、確かにある。


それは、
私が傾聴の仕事の中で大切にしていることと、
どこかで重なる気がしています。



誰かの話を聴くとき、
私は「主役」を演じてほしいわけではありません。

ただ、
その人がその人らしくそこにいてくれること。

それだけで、
話は十分に価値のあるものになる。


足立さんと宇野さんの芝居を観るたびに、
そのことを思い出させてもらっている気がします。



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