叫びたいのに、叫べない。 〜園子温監督作品と傾聴の話〜

叫びたいのに、叫べない。 〜園子温監督作品と傾聴の話〜

記事
コラム
正直に告白すると、
私は園子温監督の作品が大好きです(笑)


東京から友達が来てくれて
話していた時

「たまに、ふと園子温の作品が観たくなるんだー。」

と、言ってて
すごく同感しました(⌒∇⌒)



愛のむきだし」を初めて観たとき、
その振り切り方に圧倒されて、

日本映画も捨てたもんじゃないな
と本気で思いました。

そこから

冷たい熱帯魚
地獄でなぜ悪い
自殺サークル
ヒミズ
新宿スワン
恋の罪
愛なき森で叫べ
トーキョートライブ」と、

気づけばかなりの本数を観てしまっています。

下品なのか
美しいグロテスクなのか、

自分でも
よく分からないくらいの血みどろっぷりが、
たまらなく好きなんです。

(悪趣味と言われても良い…(笑))



一見、
傾聴の仕事とは対極にありそうな作風です。

でも今日は、
あえてこの振り切れた世界と、
私の仕事について書いてみたいと思います。




叫び、暴れ、壊れる登場人物たち


園監督の作品の登場人物たちは、
とにかくよく叫びます。

大声で泣き、
怒鳴り、

時には暴力という形で感情を爆発させる。


「冷たい熱帯魚」の凄惨な展開も、

「愛のむきだし」の絶叫も、

「地獄でなぜ悪い」の狂騒的なクライマックスも、

常識的な感覚からすると

「そこまでする?」
と思うほどの過剰さです。


でも、
その過剰さを観ているうちに、
ふと思うんです。


もしかしたらこれは、
普段の私たちが決して外に出せない感情の、
極端な形での代弁なんじゃないかと。



誰にも見せられない感情を、抱えたまま生きている


私たちは日常の中で、

怒りたくても怒れない、
泣きたくても泣けない、
叫びたくても叫べない場面をたくさん経験しています。


家族の前では「いい親」を、
職場では「大人な対応」を求められ、

本音は胸の奥にしまい込む。


そうやって、
誰にも見せられない感情を抱えたまま、
平然とした顔で日々を過ごしている人は、
きっと少なくないはずです。


電話相談をしていると、

そういう
「本当は叫びたかった」気持ちに、
たくさん出会います。

誰にも言えずに
何年も溜め込んできた怒りや悲しみが、
電話越しにぽつりぽつりと、

あるいは
堰を切ったように溢れ出てくる瞬間があります。


園監督の映画の登場人物たちのように、
実際に
暴れたり叫んだりすることはできなくても、

その感情の強さ、
切実さは、

決して
映画の中だけの誇張ではないんじゃないかと私は思っています。



過剰さの中にある、切実な本音


園作品を

「滅茶苦茶」
「グロい」の
一言で片付けてしまうのは簡単です。


実際、
万人受けする作風ではないと思います。

でも、
あの過剰な叫びの奥には、

誰かに気づいてほしい、
分かってほしいという、

ものすごく切実な本音が隠れている気がしてなりません。


だからこそ私は、
相談の場で誰かが感情を爆発させたとしても、

それを
「大げさだ」とは思いません。


むしろ、
その人がそれだけの感情を、
これまでずっと抱え続けてきたんだということに、
静かに耳を傾けたいと思っています。



***


叫びたいのに叫べない気持ちを、
代わりに叫んでくれる映画がある。


そう思うと、
園子温監督の作品は、

私にとって単なる
「刺激の強い娯楽」ではなく、

どこか
誰かの本音を代弁してくれる存在のようにも感じられます。



今日も、
誰かの中にある「叫び」に、
そっと気づける自分でいたいなと思います。

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