「なんとも形容し難い表情」から始まった、熊切和嘉という監督の話。

「なんとも形容し難い表情」から始まった、熊切和嘉という監督の話。

記事
コラム
なんとも形容し難い表情って、こういうのを言うんだね


旦那さんと
海炭市叙景」を観ていたときに、
思わずそう呟いてしまいました。


竹原ピストルさん演じる颯太が浮かべる、
あの表情。

悲しいとも、
諦めとも、
少しの希望ともつかない、
名前のつけられない顔。


しばらく二人とも黙ったまま、
画面を見つめていました。


今回は、

そんな
「言葉にできない表情」を撮り続けてきた監督、
熊切和嘉さんについて書いてみたいと思います。



北の風土と、生々しさ


熊切監督の作品には、
ある共通した空気があると感じています。


それは、
北の土地の匂いと、
そこに生きる人間の生々しさです。


「海炭市叙景」は、
函館をモデルにした架空の街を舞台に、

市井の人々の暮らしを描いたオムニバス作品。


派手な事件が起きるわけではないのに、
造船所をリストラされた颯太の背中や、
家業のガス屋を継いだ晴夫の苛立ちから、

目をそむけたくなるけど…。

でも、なんだか
情緒を味わいたくて、最後まで観てしまう…。


私の男」もまた、
北海道の厳しい自然を背景に、

血の繋がりを超えたある父娘の、
誰にも言えない関係を描いていきます。


アンテナ
莫逆家族
#マンホール
夏の終り
MUKOKU」と、

扱うテーマや舞台はそれぞれ違うのですが、
どの作品にも共通しているのは、

きれいごとで終わらせない眼差しだと思うんです。


人間の弱さも、
ずるさも、
やるせなさも、
そのまま置いていく。


観終わったあとに
「死にたくなる」ような重さではないのに、

かといって
単純な「重い」という言葉でも片付けられない、
なんとも言えない読後感が残ります。



竹原ピストルさんという存在


熊切監督といえば、

初期作品から
起用し続けている
竹原ピストルさんの存在も外せません。


「海炭市叙景」での颯太役はもちろん、
「私の男」でのちょい役でも、

ふとした瞬間に画面に映るだけで、
その場の空気を変えてしまう力があります。


決して多くを語らせる演出ではないのに、

表情や佇まいだけで、
その人がこれまで背負ってきたものが伝わってくる。


監督が
竹原さんに寄せている信頼のようなものを、
観ているこちらも感じずにはいられません。



言葉にならない気持ちを、そのまま聴くということ


私は普段、
電話相談で
色々な方のお話を聴かせていただいていますが、

熊切監督の作品を観ていると、
ふと自分の仕事のことを思い出します。


相談に来てくださる方の中には、
自分の気持ちにうまく名前をつけられないまま、
話し始める方も少なくありません。


「なんて言えばいいか分からないけど」
と前置きしながら、
少しずつ言葉を探していく。


そんなとき、
私にできることは、


その「形容し難さ」を
無理に分かりやすい言葉に変換しないこと
なんじゃないかと思っています。


熊切監督の映画が、
登場人物の表情や沈黙を
そのまま長回しで映し続けるように…。


答えの出ない気持ちを、
答えの出ないまま、
隣で一緒に眺めていること。

それもまた、
聴くということの一つの形なのかもしれません。



***


あの日、
旦那さんと交わした

「なんとも形容し難い表情だね」
という一言。


振り返ってみると、
それこそが熊切監督の映画の、

そして
私が日々の相談で向き合っている気持ちの、
一番正直な言い表し方だったのかもしれません。



今日も、
誰かの言葉にならない気持ちに、
そっと耳を傾けられたらと思います。


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