「明日からやる」のときは、今日少しやってから眠る
「よし、明日からやろう」何かを始めようとするとき、よく出てくる言葉です。明日から運動する。明日から勉強する。明日から文章を書く。明日から部屋を片づける。明日の私は、今日の私より少し立派なはず。なぜか、そんな期待をしてしまいます。でも翌日になると、その「明日」は「今日」になっています。今日になった私は、昨日とだいたい同じです。急にやる気に満ちた人物へ変身しているわけではありません。そこで私は、「明日からやる」と思ったときほど、今日ほんの少しだけやってみるのがいいと考えました。運動なら、十回だけ足踏みする。本なら、一行だけ読む。文章なら、題名だけ書く。片づけなら、ゴミを一つ捨てる。これなら、まだ本格的に始めたことにはならないかもしれません。しかし、完全なゼロではなくなります。題名だけ書いて眠れば、翌日は真っ白な画面から始めなくていい。机の上の本を開いておけば、「さて、何をしよう」と考える手間も減ります。今日の小さな行動が、明日の自分に置いておく目印になります。大切なのは、今日のうちに頑張りすぎないことです。「せっかくだから、全部やってしまおう」と勢いづくと、疲れて翌日には続かないこともあります。一行で終わる。一分でやめる。もう少しできそうでも、明日の分を残しておく。これは怠けではなく、続きが気になるところで終える小さな工夫です。「明日からやる」は、先延ばしの言葉にもなります。でも、今日ほんの少し手をつければ、明日への予告編になります。本編は明日からでいい。ただし今夜、予告編を一本だけ流してから眠る。それくらいが、無理なく何かを始めるには、ちょうどいいのかもしれません。テツ【勝手な事
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