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観えませんでした、と書いた日のこと

「ここは、観えませんでした」ある日の鑑定報告書に、そう書きました。書いたあと、しばらくその一行を見ていました。もっと何か書けるのではないか。別の言葉なら、受け取る方をがっかりさせずに済むのではないか。そんな考えが浮かびました。鑑定を受けてくださる方は、答えを求めて来られます。迷っていることがあったり、確かめたいことがあったり。だから、空白のような言葉を返すことには、今でも少し怖さがあります。それでも私は、観えなかったところを、観えたようには書けません。龍を観ていると、はっきり姿が伝わってくることがあります。向いている方向や、動きの重さ、息の通り方まで、言葉にできる日もあります。反対に、輪郭が定まらないこともあります。そこに何もないのか、まだ私には届いていないのか。その理由までは、わかりません。わからないものに意味をつければ、文章は整います。「今は答えを知る時期ではありません」「龍があえて隠しています」そう書けば、それらしく読めるかもしれません。けれど、その意味を私は観ていません。観えていない理由を想像し、きれいな言葉で埋めた瞬間、それは鑑定ではなく、私の物語になります。だから、その日は書き直しませんでした。「ここは、観えませんでした」そのまま報告書に残しました。お渡ししたあと、物足りないと思われたかもしれません。料金をいただいているのだから、すべての欄を言葉で満たすべきだという考え方もあると思います。私自身、空白をつくらないことが誠実だと思っていた時期がありました。少しでも多く伝えようとして、観えたことの周りに解釈を重ねていたこともあります。でも、言葉を重ねるほど、最初に観えた
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