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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第6回 ドイツが生んだ新しいデザイン「ユーゲントシュティール」

第6回 ドイツが生んだ新しいデザイン「ユーゲントシュティール」アール・ヌーヴォーはヨーロッパ各地へ広がりましたが、それぞれの国で少しずつ異なる個性を育てていきました。その中でも、ドイツで独自の発展を遂げたのが「ユーゲントシュティール」です。「ユーゲント」とは、1896年にミュンヘンで創刊された芸術雑誌『ユーゲント』のことです。この雑誌が新しい芸術を積極的に紹介したことから、ドイツではアール・ヌーヴォーを「ユーゲントシュティール(青春様式)」と呼ぶようになりました。自然への憧れは同じだったユーゲントシュティールも、植物や自然をモチーフにした優美な曲線を特徴としていました。しかし、ドイツでは装飾を楽しむだけではなく、「これからの時代にふさわしいデザインとは何か」という視点も重視されるようになります。その考え方は、後のドイツデザインへとつながる大切な一歩となりました。芸術から産業へこの時代を代表する人物の一人が、彫刻家ヘルマン・オブリストです。植物が成長するような躍動感のある作品は、多くの芸術家に影響を与えました。もう一人忘れてはならないのが、ペーター・ベーレンスです。彼は建築だけでなく、工業製品やポスター、書体まで幅広くデザインし、芸術と産業を結び付けようとしました。今日では、企業のロゴや広告、製品デザインを統一して考える手法は当たり前になっていますが、その考え方を早くから実践した人物の一人として知られています。モダンデザインへの橋渡しユーゲントシュティールは、美しい装飾を楽しむだけの様式ではありませんでした。芸術を産業へ生かし、暮らしをより良くするためのデザインへ発展させようとい
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デザインを知ると、毎日が少しだけ豊かになるーー第11回 世界のデザインを変えた学校「バウハウス」

第11回 世界のデザインを変えた学校「バウハウス」「バウハウス」という名前を聞いたことがあるでしょうか。現在でも、家具や建築、グラフィックデザインなどの世界で頻繁に登場する名前です。しかしバウハウスは、特定のデザイン様式の名前ではありません。もともとは、1919年にドイツのヴァイマルで誕生した学校でした。そして、この学校が存在したのはわずか14年間です。それにもかかわらず、その思想は100年以上が過ぎた現在も、世界中のデザインに大きな影響を与え続けています。芸術と技術をもう一度ひとつにバウハウスを創設したのは、建築家ヴァルター・グロピウスです。ヴァイマルの美術学校と工芸学校の流れを統合し、新しい造形教育の場として国立バウハウスを設立しました。グロピウスが目指したのは、芸術と手工業、そして産業を新しい形で結びつけることでした。画家は絵だけを描き、建築家は建物だけを考える。それぞれを別々のものとして扱うのではなく、さまざまな造形分野が協力しながら、一つの生活環境をつくっていく。その中心に置かれたのが建築でした。グロピウスは創立時の宣言で、「あらゆる造形活動の究極目標は建築である」という考えを掲げています。デザインを「学ぶ方法」までデザインしたバウハウスが革新的だったのは、そこで生み出された作品だけではありません。デザイン教育そのものを変えたことも、大きな功績でした。学生たちは最初から専門分野だけを学ぶのではなく、色、形、素材など、造形の基本から学びました。その後、家具、金属、織物、タイポグラフィ、建築など、それぞれの専門分野へ進んでいきます。現在、美術大学やデザイン学校で当たり前の
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