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正しさの外側にあるもの。 ー白石和彌監督の映画から。

白石和彌監督の作品が、10年くらい前からずっと好きです。「凶悪」「日本で一番悪い奴ら」「孤狼の血」「彼女がその名を知らない鳥たち」「死刑にいたる病」「凪待ち」「ひとよ」 などなど……観るたびに、綺麗に片付けられない何かが、ずっと胸に残ります。今日はその「片付けられなさ」について、私の仕事とも絡めながら書いてみたいと思います。「凶悪」で味わった、最初の震え私が一番最初に観た白石作品は「凶悪」でした。リリー・フランキーさん演じる、飄々としているのにどこまでも底知れない不気味さ。ピエール瀧さん演じる、笑いながら人を追い詰めていくあの狂気。二人の怪演を観終わったあと、しばらく震えが止まらなかったのを覚えています。怖い、というだけじゃなくて…。人間って、ここまで踏み外せるんだ、という驚きでした。そしてその踏み外し方が、どこか「他人事」に思えないリアリティを持っていたことが、余計に怖かったのかもしれません。正義の側にいる人間もまた、歪んでいる「日本で一番悪い奴ら」「孤狼の血」「彼女がその名を知らない鳥たち」「死刑にいたる病」これらの作品に共通しているのは、正義や権力の側にいるはずの人間もまた、決して真っ直ぐではないという眼差しだと思います。警察官が裏社会と繋がり、法の名のもとに罪を重ねていく。加害者を裁く側の人間が、自身の弱さや欲望から逃れられない。白石監督の作品には「善悪」がはっきり線引きされる場所がほとんどありません。正しさの側に立っているつもりの人ほど、実は一番危うい場所に立っている…。そんな居心地の悪さを、いつも突きつけられます。「凪待ち」の、変われなさ「凪待ち」は、白石作品の中で
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