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神様からのお手紙とは?

ふと、理由もなく涙が出そうになる夜はありませんか。誰かに何かを言われたわけでもない。特別に悲しい出来事があったわけでもない。それなのに、胸の奥が静かにざわめいて、「このままでいいのかな」と、自分に問いかけたくなる瞬間。わたしは、それを「神様からのお手紙」と呼んでいます。お手紙は、空から降ってくるものではありません神様からのお手紙と聞くと、劇的なお告げや、はっきりとした言葉を思い浮かべるかもしれません。けれど、実際に届くお手紙は、もっと静かで、もっとささやかなものです。朝、なんとなく目に入った空の色。昔よく口ずさんでいた歌が、ふと頭の中で鳴ること。長く会っていなかった人を、理由もなく思い出すこと。そのひとつひとつが、すでにお手紙なのです。神様は、驚かせるためにメッセージを送るのではありません。ただ、あなたがそっと立ち止まり、自分の内側に耳を澄ませられるように、日常の隙間にそっと言葉を置いていくのです。気づけない時期があっても、大丈夫です長年、家族のために、仕事のために、目の前のことに一生懸命であればあるほど、お手紙に気づく余白は少なくなっていきます。それは、あなたの感度が鈍っているのではありません。それだけ、必死に生きてきた証です。しかし、ふと立ち止まれる時が来たとき——子育てがひと段落したとき、大きな役目を終えたとき、あるいは何でもない平日の午後に——お手紙は静かにまた届き始めます。「今度は、あなた自身の番ですよ」そう言われているように感じるとしたら、それはきっと、思い過ごしではありません。今日からできる、小さな受け取り方お手紙を受け取るのに、特別な力も、長い修行も必要ありませ
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神託とは、どのようなものでしょうか

「神託」という言葉を聞くと、少し身構えてしまう方が多いかもしれません。特別な人だけが受け取れるもの。人生の大きな決断のときにだけ、天から降りてくるもの。そんな重たいイメージがあるのではないでしょうか。けれど、神託の本当の姿は、もっと近いところにあります。神託は「答え」ではなく「気づき」です多くの方は、神託を「これから起こることを教えてくれるもの」だと思っておられます。けれど、わたしがこれまで受け取ってきた神託のほとんどは、未来を言い当てるものではありませんでした。そうではなく、「あなたは、もう本当のことを知っていますよ」と、そっと背中を押してくれるもの。わたしは、それが神託の本質だと思っています。答えを外から与えられるのではありません。自分の内側にすでにある答えに、気づかせてもらう。その橋渡しをしてくれるのが、神託です。だから、神託を受け取ったあとに訪れるのは、「教えてもらえた」という感覚よりも、「ああ、やっぱりそうか」という静かな納得のほうが多いのだと思います。だから、身構えなくて大丈夫です「正しく受け取らなければ」と力んでしまうと、かえって届きにくくなります。神様からのメッセージは、緊張の中よりも、力の抜けた静かな時間の中でこそ、届きやすいものだからです。お茶を飲んでいるとき。湯船に浸かっているとき。何も考えずに、窓の外を眺めているとき。そんな瞬間にふと浮かんだ言葉や光景を、「これも神託かもしれない」と受け止めてみてください。特別な資格も、正しい作法も要りません。むしろ「こう受け取るのが正解」と決めてしまうほど、本当に必要だった言葉のほうを取りこぼしてしまう——そんなふうに
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