「神託」という言葉を聞くと、少し身構えてしまう方が多いかもしれません。
特別な人だけが受け取れるもの。人生の大きな決断のときにだけ、天から降りてくるもの。そんな重たいイメージがあるのではないでしょうか。
けれど、神託の本当の姿は、もっと近いところにあります。
神託は「答え」ではなく「気づき」です
多くの方は、神託を「これから起こることを教えてくれるもの」だと思っておられます。
けれど、わたしがこれまで受け取ってきた神託のほとんどは、未来を言い当てるものではありませんでした。
そうではなく、「あなたは、もう本当のことを知っていますよ」と、そっと背中を押してくれるもの。
わたしは、それが神託の本質だと思っています。
答えを外から与えられるのではありません。自分の内側にすでにある答えに、気づかせてもらう。その橋渡しをしてくれるのが、神託です。
だから、神託を受け取ったあとに訪れるのは、「教えてもらえた」という感覚よりも、「ああ、やっぱりそうか」という静かな納得のほうが多いのだと思います。
だから、身構えなくて大丈夫です
「正しく受け取らなければ」と力んでしまうと、かえって届きにくくなります。
神様からのメッセージは、緊張の中よりも、力の抜けた静かな時間の中でこそ、届きやすいものだからです。
お茶を飲んでいるとき。
湯船に浸かっているとき。
何も考えずに、窓の外を眺めているとき。
そんな瞬間にふと浮かんだ言葉や光景を、「これも神託かもしれない」と受け止めてみてください。
特別な資格も、正しい作法も要りません。
むしろ「こう受け取るのが正解」と決めてしまうほど、本当に必要だった言葉のほうを取りこぼしてしまう——そんなふうに、わたしは感じています。
あなたにも、すでに届いています
神託は、選ばれた誰かだけに届くものではありません。
今日感じた、小さな違和感。
心に残った、誰かのひと言。
なんとなく気になって、目が止まった景色。
そのすべてが、神様からの語りかけである可能性を持っています。
大切なのは、それを「気のせい」で片づけてしまわずに、ほんの少しだけ立ち止まってみること。
それだけで、神託はずっと身近なものになっていきます。
わたしは「昭和を駆け抜けたあなたへ贈る」というシリーズで、タロットと音霊(おとだま)についての本を書いています。
書いていることは違っても、根っこにあるものは、いつも同じです。
あなたの中には、もう答えがあります。
もし、あなたに届いている言葉を一緒に読み解いてみたいと思われましたら、いつでもお声がけください。
わたしにできるのは、答えをお渡しすることではなく、あなたの中にすでにある答えを、一緒に確かめることだけです。
Le Clair(ルクレ)より