「神様からのメッセージって、具体的にどういう形で届くんですか」
これは、わたしがいちばんよく聞かれる質問のひとつです。
答えは、実はひとつではありません。神様は、その人に合った方法を選んで、静かに語りかけてくださるからです。
今日は、よくある届き方を、いくつかご紹介させてください。
数字として届くとき
同じ数字を、繰り返し目にする。時計をふと見るたびに、なぜか同じ並びの数字が目に入る。
そんな経験はありませんか。
数字は、感情や解釈が入りにくいぶん、いちばん使いやすいお手紙の形なのだと思います。
「気のせいかな」で終わらせずに、そのとき自分が何を考えていたかと合わせて感じてみると、意味が見えてくることがあります。
人の言葉として届くとき
ご友人の、なにげないひと言。
それが、まるで自分に向けて言われたように、心に刺さることがあります。
そんなとき、神様はその方の口を借りて、あなたに必要な言葉を届けてくださっているのかもしれません。
おもしろいことに、言ったご本人は、たいてい気づいておられません。
景色や自然として届くとき
急に空を見上げたくなって、そこに印象的な雲や光があった。
散歩の途中、なぜかその花にだけ、目が留まった。
自然は、言葉を持たないぶん、感覚にまっすぐ届きます。
考えて分かるものではなく、感じたときにはもう届いている。そういう形のお手紙です。
タイミングとして届くとき
「ちょうどそのことを考えていたら、テレビでその話をしていた」
そんな一致も、よくあります。
これは偶然というより、あなたの意識と、神様のタイミングが重なった瞬間なのだと、わたしは思っています。
大切なのは、形ではなく「心の動き」です
けれど、どの形で届くかよりも、ずっと大切なことがあります。
それは、それを見たときに、あなたの心がふっと動いたかどうかです。
理由のわからないざわめき。ふいに広がる、あたたかさ。あるいは、涙。
心が動いたのなら、それはもう、あなたに届けられたメッセージです。
形を正しく見分ける必要はありません。「これは数字だから神託で、これは違う」と分類しはじめると、かえって本当に必要だった一つを取りこぼしてしまうように思います。
あなたの毎日にも、もういくつも届いているはずです。
もし、届いている言葉を一緒に読み解いてみたいと思われましたら、いつでもお声がけください。
Le Clair(ルクレ)より