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すべてのブログから「#安心への入口」タグの検索結果

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夢と現実の間で

夢を見ている自分と、現実を生きる自分。どちらも本当の自分でした。夢と現実の間で立ち止まったことはありますか?こんにちは。今日は私の複雑な想いをつらつらと書いていこうと思います。私には大きな夢がありました。私の中には、「安心の木」と呼んでいる夢があります。そこには心、体、思考、魂が願っていた人生を歩む上で最も優先順位の高い夢でした。その夢を掲げ、志を高く10年以上走って来ました。そして安心の木に素敵な葉っぱがつく予定でした。ですが現実は残酷でした。でも、現実を生きる私は今。大切な人と話し合った末、夢を一旦手放すか、夢のために突破するかの間にいます。もちろん夢は逃げません。いつまでもあり続けます。もう一歩というところです。ですが現実の問題が立ちはだかります。大切な人の理解。収入という壁。現実の自分のもどかしい気持ちが悔しさとして現れました。大切な人だからこそ、理解してもらいたい。納得してもらいたい。でも人の心は複雑です。簡単にいいよ、いってらっしゃい、とは言ってくれません。それっていま必要なの?もう少し先の方がいいんじゃない?そんなこと言って諦めたことあった?若かりし頃の私だったらエネルギッシュに夢へと突っ走っていたかもしれません。でも、あの頃のように勢いだけでは進めない自分がいます。鑑定師だからといって、霊視ができるからといって、何でも叶うわけがありません。本来の私はなんでもないただの人間だからです。安心を届けるためにやってきたことだからこその高い壁。私はいま試練の中にいます。でも不思議と苦しくはありません。夢はにげない。安心の木は育ち続けている。私はいつだってもがいて進み続けて
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安心への入口 #3 考えすぎる心

考えすぎる心考えすぎるのは、悪いことではありません。考えすぎてしまう自分を責めてしまう人は少なくありません。「また考えすぎてる。」「もっと気楽に考えられたらいいのに。」そんなふうに思うこともあるでしょう。でも私は、考えすぎること自体が悪いとは思っていません。不安が強くなると、人は安心を探そうとして考え続けます。「どうすればいいんだろう。」「相手は何を考えているんだろう。」「間違っていたらどうしよう。」心は自分を守ろうとして、一生懸命答えを探しているのです。だから、思考が止まらないのは弱さではありません。安心したいという気持ちの表れなのだと思います。不思議なことに、安心すると考える量は自然と落ち着いてきます。「もう大丈夫かもしれない。」そう思えた瞬間から、心は少しずつ休み始めます。無理に考えるのをやめなくても、大丈夫です。安心が戻ると、必要以上に考え続けなくても大丈夫になっていくのです。私は鑑定の中でも、この変化を何度も見てきました。未来を知ったから安心したのではなく、安心できたから、未来へ進む力が戻ってきた。そんな瞬間に、何度も立ち会ってきました。もし今、考えすぎて苦しいなら、「考えすぎる自分は悪い。」そう決めつけなくても大丈夫です。その心は、あなたを守ろうとして頑張っています。まずは安心できる場所を見つけること。そこから少しずつ、心は軽くなっていきます。まずは安心できる場所を見つけること。そこから少しずつ、心は軽くなっていきます。一人で答えを探し続けなくても大丈夫です。ここは、安心への入口です。
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