リベラルアーツは、役に立たない。だから自由になれる。「それ、何の役に立つの?」という問い
「歴史を学んでいる」「デザインを学んでいる」と言うと、たまに返ってくる質問がある。「へえ、で、それって何の役に立つの?」わかる。悪気はない。むしろ実務家として、真っ当な問いだ。仕事に効くのか、年収が上がるのか、資格になるのか。でも、正直に言うと、僕はこの問いに真剣に答えようとしたことがない。「好きだから。それ以外に理由がない」。それだけだ。最近、この身も蓋もない一言の中にこそ、リベラルアーツの本質が隠れていることに気づいた。最近、この身も蓋もない一言の中にこそ、リベラルアーツの本質が隠れていることに気づいた。今日はそのことについて、キャリアとの関係性も紐づけて話してみたい。リベラルアーツ=「自由人の技術」リベラルアーツは、ラテン語の artes liberales。直訳すると「自由な人間の技術」だ。liber(リベル)は「自由」を意味する。liberty も liberal も、ここから生まれている。古代ギリシャ・ローマでは、学問がざっくり2つに分かれていた。自由7科(artes liberales):文法・修辞・論理/算術・幾何・音楽・天文。自由な市民が身につけるもの。非自由人の技術(artes serviles):手を動かして何かを生み出す技術。不自由な身分の人が担うもの。ここで大事なのは、分類の”基準”だ。「その技術が役に立つかどうか」ではない。「それを学んだ人間が、自由になれるかどうか」で分けられていた。自由な市民は、自分の頭で考え、判断し、議論し、他人に騙されず、自分自身を統治しなければならなかった。そのためのOS(頭の基本ソフト)がリベラルアーツだったのだ。つまりリ
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