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話し合いのたびに疲れ果てる。「正しさのぶつかり合い」に嫌気がさした私が気づいたこと

最近、あるミーティングの帰り道、どっと疲れが押し寄せてきた。内容が難しかったわけでも、長時間だったわけでもない。ただ、その場にいるだけで、じわじわとエネルギーを吸い取られていた。最近の私が猛烈に意識を向けることがある。それは、人と人が話し合うとき、それぞれが持っている「視点」と、そこから生まれる「優先順位」の違いについてだ。きっかけは、日々の場で感じる強烈な違和感だった「言っていることは分かるけれど、なんだか意見がずれる」「その場でなんとかお互いの意見を合わせようとするのだけれど、どうしても平行線になってしまう」そんな場面に直面したとき、以前の私なら「価値観や相性が合わないのかな」と考えたり、無理に着地点を見つけようとしたりしていた。しかし、現場でじっくりと観察を続けるうちに、私の見方は変わった。彼らは、決して感情的に対立しているわけでも、意見そのものが間違っているわけでもない。ある1つの物事に対して、それぞれの立場から「見えている景色(視点)」が全く違っていて、その結果、大切にしたい「優先順位」がずれてしまっているだけなのだ、と。一歩引いて見ている私からすれば、どちらの意見も間違っていない。「どちらが正解で、どちらが不正解か」なんて答えはないのだ。「最適な答え」を探したいのに、そんな話し合いにすらならないしかし、実際に話している当事者たちはそうはいかない。自分が見えている景色の中では、自分の優先順位こそが「絶対に正しい」と信じているからこそ、お互いに一歩も意見を曲げようとしないのだ。「効率を上げないと意味がない」「リスクを無視して進めるなんてあり得ない」私が本当にやりたいミー
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