気難しい患者さんと向き合った日 そっと届いた心の姿勢
医療機関で働く中で、一人の気難しい患者さんがおられました。スタッフはその方が来られる時はいつも緊張していました。その日もその方が来られる日でした。しかも、その方は前日に夜間の救急外来を受診され、対応したスタッフに厳しい態度をとられた。との申し送りがありました。救急外来で翌日の再受診を言われており、そのために来られたのです。診察で検査の必要があり、後日の予約検査の説明をすることになりました。ところが、本来その方を担当をするはずだったスタッフは尻込みしてしまいました。誰もが(わたしの番じゃなかった…)と内心ほっとしていたのに、「じゃあ、誰が対応する?」その場はシーンとなってしまいました。わたし自身も、できればご遠慮したい…。正直、こう思っていました。その時ふと頭に浮かんだのが、主イエスでした。聖書を読んでいく中で覚えたのは、主イエスは決して優しいばかりの方ではありませんでした。病気の人を癒やされる一方で、怒りにまかせて神殿の机をひっくり返されるほど激しい感情を持っておられる方でした。気難しい人…。わたしの中でこんなイメージがありました。しかし、主イエスのその激しさの本質は「愛」である。その愛とは、形式だけになってしまった人を本来の姿へ改めるための導きでした。その主イエスを思い出した時、「わたしが対応します。」と、自然に言いました。検査の説明の手順を確認し、深呼吸を3回。気難しい人にも、主イエスにお仕えするような心で向き合おうと思い、 その方の元に向かいました。わかりやすく、丁寧に、を意識して一生懸命説明したせいなのか、不思議と気難しさを感じることなく淡々と過ぎていき、説明が終わった
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