これは、もう「ただの寄り道」じゃない
席に着いてから、少しだけ時間が空いた。メニューはテーブルの端に置かれたまま、二人とも、まだ手を伸ばしていない。店内には、低めの癒しの音楽。カップの、遠くで聞こえる話し声。凪は、メニューを開くふりをして、文字を追う。けれど、内容はほとんど頭に入ってこなかった。——向かい、か。真正面に座った悠真は、視線を落としたまま、少しだけ姿勢を正している。橋の上とも、教室とも違う距離。逃げ場のない距離。「……何、飲む?」悠真が先に口を開いた。思ったよりも、穏やかな声。「えっと……」凪は迷ってから、一番無難そうな名前を指さす。「これ」「じゃあ、俺もそれにする」同じもの。それだけで、胸の奥が小さく鳴る。店員を呼ぶとき、悠真の手が一瞬だけ宙で止まった。ためらいと、決意が混ざった動き。注文を終えると、また沈黙が戻ってくる。でも、さっきまでの沈黙とは少し違った。逃げるための静けさじゃない。「……来てくれて、ありがとう」悠真の声は低く、目はまだ合わない。凪は、少しだけ驚いてから、小さく首を振る。「ううん。私も……来たかったから」言い切ったあとで、心臓が遅れて跳ねた。——言った。悠真は、ほんの一瞬だけ顔を上げる。目が合う。すぐに逸れる。それでも、その一瞬で、何かが確かに伝わった気がした。運ばれてきたカップから、湯気が立ち上る。夕方の光と、温かい飲み物と、言葉にしきれなかった気持ち。凪はカップに手を伸ばしながら思う。——これは、もう「ただの寄り道」じゃない。物語は、ちゃんと次のページに進んでいた。
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