人生は「失敗」したほうが「ラッキー」?
年末、燃えるゴミの日でした。でもその日は、年末だったからかいつもより回収が早くて気づいたときには、もう出しそびれていました。正直、「最悪…」と思いました。仕方なく、そのままゴミ袋を置いておいたのですが…ゴミ袋の中から捨ててはいけないコーヒーフィルターの部品が出てきたんです。うっかり紛れ込んでいたみたいでした。もし、あのときちゃんとゴミを出せていたら。その部品も、気づかないまま一緒に捨てていました。そう考えると、ゴミ捨てをし損なったことは、「失敗」ではなく「ラッキー」になりました。その瞬間は「失敗」「不運」「最悪」と思った出来事が、あとから振り返ると「助かった」に変わる。今回はゴミ捨てでしたが人生規模でもこういうことは、案外あります。試験に落ちた…フラれた…うまくいかなかった…そんな出来事も、その時点では不幸でも実は別の道に行ったほうが幸せだった。今は「もうこれ以上悪いことはない」と思っていてもそれが正解ルートな場合もあります。占いをしていても「なんでこの悲惨な状況でポジティブなカードが?」という場面があります。でも人生規模で見るとそっちの方が良かった、人生の転機だった、そしてそれに後から気づいた、ということもあります。これは私が占いを行う上で、また人生経験として、絶対だと思っています。「単なる失敗」というのは存在しません。必ずそこに意味があります。ただし。不幸のどん底、本当の底の底にいる人にとってはこの言葉が、あまりにも刺激が強く感じられることがあります。それは、この言葉が間違っているからではなく、受け取るには、まだ時間が必要な状態だからだと思っています。このことについては、次
0