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今不幸のどん底へ居る方へ

前回のブログで「単なる失敗というものは存在しない」という考えを書きました。これは、私が占いをする上でそして人生を振り返って本気でそうだと思っていることです。人生を長い目で見たとき一見失敗に見えた出来事が後から意味を持って立ち上がってくる。私はそれを何度も見てきました。ただし、、、不幸のどん底本当の底の底にいるときは言葉そのものが刃物のように刺さってしまうことがあります。身体や尊厳を傷つけられた人。人の命が関わる出来事の渦中にいる人。そういう状況にある人へ「それでよかったんだよ」「意味があるよ」その言葉をかけるのは、あまりに酷です。その言葉が間違っているからではありません。前向きさが足りないからでも弱いからでもありません。まだその言葉を受け取れる場所に立っていないだけだと思うからです。意味づけは回復の途中ではなく回復のあとに本人の中から生まれるものだと思っています。それでも私はやはり人生に単なる失敗はないと信じています。ただしそれは他人が押しつける答えではなくいつかその人自身が自分の言葉としてそう思える日が来るという意味です。その日が来たときもうその人は不幸のどん底にはいません。だから対面や、一対一の相談の場では私はこの言葉を使わないことが多いです。今必要なのが意味づけではなく慰めや寄り添いだと感じることがたくさんあるからです。不幸のどん底にいて励まされるのが怖いと思っているあなたへ。私は下手な励ましはしません。未来にあなたが自然とそう思えるようになるためのお手伝いをします。
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人生は「失敗」したほうが「ラッキー」?

年末、燃えるゴミの日でした。でもその日は、年末だったからかいつもより回収が早くて気づいたときには、もう出しそびれていました。正直、「最悪…」と思いました。仕方なく、そのままゴミ袋を置いておいたのですが…ゴミ袋の中から捨ててはいけないコーヒーフィルターの部品が出てきたんです。うっかり紛れ込んでいたみたいでした。もし、あのときちゃんとゴミを出せていたら。その部品も、気づかないまま一緒に捨てていました。そう考えると、ゴミ捨てをし損なったことは、「失敗」ではなく「ラッキー」になりました。その瞬間は「失敗」「不運」「最悪」と思った出来事が、あとから振り返ると「助かった」に変わる。今回はゴミ捨てでしたが人生規模でもこういうことは、案外あります。試験に落ちた…フラれた…うまくいかなかった…そんな出来事も、その時点では不幸でも実は別の道に行ったほうが幸せだった。今は「もうこれ以上悪いことはない」と思っていてもそれが正解ルートな場合もあります。占いをしていても「なんでこの悲惨な状況でポジティブなカードが?」という場面があります。でも人生規模で見るとそっちの方が良かった、人生の転機だった、そしてそれに後から気づいた、ということもあります。これは私が占いを行う上で、また人生経験として、絶対だと思っています。「単なる失敗」というのは存在しません。必ずそこに意味があります。ただし。不幸のどん底、本当の底の底にいる人にとってはこの言葉が、あまりにも刺激が強く感じられることがあります。それは、この言葉が間違っているからではなく、受け取るには、まだ時間が必要な状態だからだと思っています。このことについては、次
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