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この人の隣に立つなら、ちゃんと、自分の感情も持っていたかった

ノートを返して、凪は自分の席に戻った。椅子に座った瞬間、胸の奥に、さっきの言葉が残っているのがわかる。——言ってくれて、よかった。悠真の声。少し低くて、でも、ちゃんと凪の方を向いていた声。授業が始まっても、凪の意識は、黒板とノートの間を行ったり来たりしていた。(私、ああいうこと言えるんだ)いつもなら、「大丈夫」で終わらせていた。怖かったことも、引っかかっていたことも、あとから一人で処理してしまう。でも今日は、そうしなかった。勇気を出した、というより、置いていかれたくなかった。この人の隣に立つなら、ちゃんと、自分の感情も持っていたかった。休み時間。悠真が、何気なく振り返る。視線が合う。それだけで、胸が少しだけ熱くなる。言葉はない。でも、さっきよりも、確かに近い。(……これでいい)凪は、そう思った。完璧じゃなくていい。強くなくていい。怖いって言えて、聞いてもらえて、そのまま並んでいられるなら。昼休み、窓の外を見ながら、凪はふと考える。——もし、次に同じことがあったら。昨日みたいな一言を、また誰かに向けられたら。今度は、自分から何か言えるかもしれない。悠真の背中に隠れるんじゃなくて、前に出るんでもなくて。横に立ったまま。その想像だけで、胸が少し苦しくて、少し嬉しかった。チャイムが鳴る。いつもの一日。でも、昨日とは違う。凪は、自分の中で何かが静かに動いたことを、ちゃんと感じていた。それはまだ、恋人、という言葉じゃない。でも。——もう、知らなかった頃には戻れない。そんな予感だけが、胸の奥で、確かに灯っていた。
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