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無名の暁に

今回は、 名もなき声について。 特に、30年近く極寒の氷河期を漂い暖もとれない日陰の道を息を奮わせ進まれる名もなき方々へ。※5分ほどで読めます。 ※現在、加筆修正してます。 では、こちらから。 Top画 created by Sabina Sturzu on Unsplash.    *** 【 選ぶとは違う選択 以前書いた2種類ある”人生という旅”。プレイヤーか監督か今回は主に、後者について。興味深いのは、好んで選ぶ道ではない点。この地球は、人類を用いて行われる壮大な実験場。それは仕組み上、どうしても必要な役割のようです。 【 日の当たらぬ悟”選ぶ道でない”のは、”損な役回り”ゆえ。学級委員のように誰もやりたがらない事を引き受けたところで蔑まれることも多々。大した報酬もなくともやり遂げる覚悟が必要です。損して得、、でなく徳を取れるのかも。 【 教えるは学ぶ さて、監督=指導者は学ぶ姿勢が前提です。人は学んだ事しか教えられません。そもそも、”学び”という成長の本質は、表面的な”知”になく。例えば、野山を彩る紅葉が地表をいくら飾ってもやがて養分となり根から幹へ吸収されるまで木を成長させません。 【 先読みの世 学ぶ者が直面する無知の知。この世の全てを知るには人の一生は短く、さらなる知の獲得に先を読もうとします。”先”とは、時を含む概念。時は金なりでその価値を知らぬ者に如何なる女神も微笑まないでしょう。”新年の抱負”の意味も、自ら成長するために先を読む行い。 【 期待の価 先を読む別の理由は、未だ見ぬ想いが生む可能性=価値に、夢を託したいから。ところで”価値”とは、西洋化の波を
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