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国を動かすのは、いつだって「商流」だ。

1. 調達ネットワークが決定した近代国家の行方幕末日本の内戦として語られる戊辰戦争は、思想対立の物語として描かれることが多いです。 しかし実態に踏み込めば、勝敗を左右した主要因の一つは「軍事物資の調達力」です。戦闘方式が近代化し、火砲・小銃・蒸気船が戦力の中心に移った以上、「どこから、どの規模で、最速で手に入れられるか」が、指揮や士気以前の前提条件となりました。武力そのものが、兵站と調達の質によって決まる時代へ移行していました。 つまり、戦争とは「調達の最適化競争」だったのです。 薩摩・長州は、そこにいち早く適応した勢力でした。2. 供給国の選択=サプライチェーン設計薩摩と長州はイギリスと接触し、武器供給・留学・軍事助言を受けました。一方、幕府はフランスとの提携を強めました。ここには単なる外交志向ではなく、供給国の選択=調達ルートの最適化という実務的判断が含まれています。当時のイギリスは世界最大の工業国であり、火器・艦艇・金融において圧倒的な能力を持っていました。 フランスも近代軍制を有していましたが、工業力と海軍力、対アジア展開力ではイギリスに劣りました。結果として、薩長が選択した供給源は、より豊富で迅速かつ柔軟な調達を可能にしたのです。つまり、薩長はどの大国と結ぶかという「供給国の選択=サプライチェーン設計」を行っていたのです。 フランスかイギリスという二択は、現代の企業が中国・アメリカ・インドなど、どの国を調達軸に据えるかを決断する構図とまったく同じでした。3. 敗北を連携に変えた薩長の柔軟性薩摩は薩英戦争(1863)で敗北後、短期間でイギリスとの関係を再構築しました。
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