【泣けなかったあなたへ】グリーフが、愛に変わるとき。インコのむぅちゃんと、そして父が愛したもの。
前回、届くはずのない手紙を書いたことで、涙が出た話を書きました。泣けなかった自分が、泣けるようになった。では、涙が出た後——グリーフはどこへ向かうのか。今回は、私自身の体験からその答えを探してみます。インコのむぅちゃんのことは、今でも泣ける。初代むぅちゃんが逝ったのは、もう一年半前のことです。でも今も、ふとした瞬間に涙が出ます。写真を見たり、羽を集めた小瓶を見てウルウルしてしまうことは日常茶飯事。小さな体で、大きな空間を満たしていた。その気配が消えた日のことは、今でも鮮明です。時間が経っても泣けることを、最初は「まだ引きずっている」と思っていました。でも今は違う。泣けるのは、それだけ愛していたから。むぅちゃんとの時間が、それだけ豊かだったから。もちろん今でも、罪悪感はあります。もっと生きられたのにという。でも大半は涙が出るたびに、こんなにも大切に思っていたんだな・・・そう思えるようになりました。今、二代目むぅちゃんがいます。同じ種類の子を迎えるまで、半年かかりました。家族全員の心の準備が整うまで、待った。それもまた、初代むぅちゃんへの愛の形だったと思っています。命のバトンを橋渡すことが、グリーフケアの一つとして受け入れられた瞬間でした。憎んでいた父の競馬を、今の私が楽しんでいる。少し前に、父への手紙を書いた話をしました。届くはずのない手紙。それが私の雪解けになった。父を憎んでいた理由のひとつに、競馬がありました。借金をつくるほど競馬に熱中した父。その生き様が、許せなかった。だから競馬は、私の中で長い間「憎しみの象徴」でした。ところが今、私は競馬を楽しんでいます。最初は自分でも驚
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