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自信って、“うまくやれた証拠”じゃなくて、“怖くても前に出た自分を受け止められた瞬間”なんだと思う

体育館のステージに立つと、まぶしいライトが目に刺さった。前列には先生たち、後ろには生徒たちの顔。そのすべてが、柚には遠く感じられた。マイクを握る手が、震えている。(どうしよう、また声が出なかったら……)足元から伝わる心臓の鼓動が、やけに大きく響く。でも、ふと視界の端に――あの人の姿があった。ピアノの前に座る新(あらた)が、いつもの穏やかな目でこちらを見ている。“怖くても、やってみたいと思ったんだよね。”昨日の言葉が、雨上がりの空気みたいに胸の中を澄ませた。司会の声が響いた。「次は、2年3組による合唱『ひとつの空の下で』です。」ざわめきが止まり、静寂が降りた。ピアノの前奏が始まる。新の指が鍵盤の上を軽やかに滑り、音が体育館いっぱいに広がる。その瞬間、柚の中で何かがほどけた。(私の声が震えてもいい。間違えてもいい。 この音の中で“いまの私”を出してみよう。)小さく息を吸い、声を重ねた。最初の音は少し不安定だった。けれど、二つ目のフレーズからは――音の波に背中を押されるように、自然と声が前に出ていった。心の中の小さな「できた」が、ひとつ、またひとつ、花のつぼみみたいに開いていく。気づけば、目を閉じて歌っていた。歌の最後の一節が終わると、会場の空気が、ほんの一瞬、静まり返った。そして――拍手。その音は、まるで春の雨みたいにやさしく降り注いだ。舞台の袖に戻った柚の目に、涙がにじんだ。新が近づき、ハンカチを差し出す。「やっぱり、柚の声、ちゃんと届いてたよ。」「……ほんとに?」「うん。震えてたけど、それがよかった。 “いまの自分”を出したって感じがした。」柚は少し笑って、涙を拭いた。「不安の
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不安ってね、“これから成長する証拠”なんだ

放課後のチャイムが鳴り終わるころ、空は鉛色に沈んでいた。ぽつり、ぽつりと窓を叩く雨の音。柚(ゆず)は机に頬杖をついたまま、心の中まで雨が降り込んでくるような気分でいた。「明日の合唱コンクール、どうしよう……」声を出す練習で上手くいかなかった自分の声が、何度も頭の中でリピートされる。隣の席の友達の笑い声が遠く感じた。“私なんて、いなくても同じじゃないかな。”そんな考えが、雨雲みたいに胸の中で広がっていく。教室のドアが静かに開いた。「……まだ残ってたんだ」振り向くと、新(あらた)が傘を片手に立っていた。「練習、終わったの?」「うん。ピアノの音が雨に負けそうだったよ」そう言って笑う新の笑顔が、どこかあたたかかった。柚は思わず打ち明けた。「明日、みんなの前で歌うのが怖い。 ……失敗したらどうしようって、そればかり考えちゃって。」新は少しだけ考えてから、椅子を引いて柚の前に座った。「柚、雨の日って、嫌い?」「うーん……なんか、気持ちまで重くなるから、 あんまり好きじゃない。」「でもさ、雨が降るからこそ、 空が洗われる日もあるんだ。 心も、同じだと思う。」「同じ……?」「不安や迷いがあるときって、 心の中で“雨”が降ってるんだよ。 でもその雨は、悪いものを流して、 新しい景色を見せるための雨。」新の言葉は、雨音のリズムに溶け込むように響いた。「不安ってね、“これから成長する証拠”なんだ。 だって、何も感じなければ、怖いって思うことすらない。 怖さを感じるってことは、 “変わりたい”って心が動いてるってことだよ。」柚は静かにうなずいた。窓の外を見つめると、雨の向こうで夕方の光がぼんやり滲んで
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信じるって、風みたいなもの

新緑の風が、校庭の木々をそよがせていた。柚(ゆず)は窓辺に肘をついて、その景色をぼんやりと眺めていた。春が来るたびに、時間が少しずつ遠ざかっていくような気がする。放課後の音楽室。ピアノのふたが開き、懐かしい旋律が流れていた。「またその曲……」柚は笑いながら扉のところに立っていた。「うん。弾くと落ち着くんだ。」新(あらた)は鍵盤に視線を落としたまま、少しだけ笑った。同じフレーズを何度も繰り返す音。どこか切なくて、風のように心に染みる。「もうすぐ、ピアノコンクールなんだよね?」しばらく沈黙が流れたあと、新がぽつりとつぶやいた。「柚。俺、卒業したら東京の音楽学校に行く。」「えっ?……そう、なの……。」「ちゃんと伝えたくて。」笑おうとしたけれど、うまく笑えなかった。心の中で何かがきゅっと縮まった。「でもね、柚。俺、思うんだ。」新はピアノの上に手を置いた。「“信頼”って、 距離があっても続くものなんだって。」「距離があっても……?」「うん。誰かを信じるって、 “いま同じ場所にいる”ってことじゃない。 “離れていても、 想いが風みたいに届く”って 信じられることだと思う。」柚はその言葉を静かに飲み込んだ。(風みたいに……)窓の外では、木々の葉が光を受けて揺れていた。その夜、柚はノートを開いた。ページの一番上に書いたのは、たった一行。「信じるって、風みたいなもの。」柚はペンを置いて、そっと窓を開けた。夜の風がカーテンを揺らし、部屋に入り込む。(きっと、この風の向こうで、新も頑張ってるんだ。)少しだけ胸が熱くなった。数日後、ピアノコンクールの日。柚は観客席の隅に座っていた。ステージに立つ新は、
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あのとき感じた“震え”は、たぶん、成長の合図だったんだ

合唱コンクールが終わって一週間。柚(ゆず)は国語の時間、教壇に貼られた一枚のプリントを見て息をのんだ。『来週、作文発表会を行います。 テーマは「わたしの好きなこと」』(また、人前で話すのか……)ステージで歌った日の光景がよみがえる。あのときは、声を出すのがやっとだった。今度は“言葉”で伝える。しかも“好きなこと”なんて――。胸の奥がまた、小さくざわめいた。放課後。音楽室の扉を開けると、ピアノの音が響いていた。新(あらた)が弾いていた曲は、合唱の時と同じメロディ。懐かしくて、心が少しだけゆるむ。「……また来たの?」「うん。なんか、 ここに来ると落ち着くんだよね。」柚は笑いながら窓際の席に座った。窓の外では、初夏の風がカーテンを揺らしている。「作文、あるね?」と、新が言った。「顔に“困ってます”って書いてあるよ。」柚は頬をふくらませて、ため息をついた。「“好きなこと”って言われても、  私、そんな大したことないし…… 書いたところで、みんなに笑われるだけです。」新はピアノの蓋をそっと閉じて、柚の方を向いた。「じゃあ、こう考えてみたら? “好きなこと”は、誰かに見せるためじゃなくて、 “自分を生かすため”にあるんだって。」「……自分を生かす?」「うん。たとえば俺だったら、ピアノを弾くのが好き。 でも、それを“上手く弾かなきゃ”って思ってた頃は、 音が全然伸びなかった。 “好き”を守るために弾くようになって、   ようやく音が変わったんだ。」新の声は穏やかで、心の中の風が静かに流れていく。「だから柚も、  “上手く言おう”とか“評価されよう”とかじゃなくて、 “これを話すと自分があった
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誰かに「がんばったね」って言ってほしかった

放課後の教室には、まだ午後の光が残っていた。窓際の席で、柚(ゆず)はノートを開いたまま、鉛筆の先をじっと見つめている。「……どうして、 こんなに胸がざわざわするんだろう。」今日もクラスの話題についていけなかった。みんなが笑っている輪の中で、ただ笑顔を作ることに必死だった。突然、涙が出そうになるときがある。――自分でも、理由がわからない。そんなときだった。ピアノの音が静かに流れ始めた。新が練習している。柚は思わずその音に耳を傾けた。音の一粒一粒が、心の奥のざわめきを撫でるようだった。気づけばノートを閉じて、そっと音楽室へ足を運んでいた。「……また来たの?」新が振り返って、少しだけ笑う。「ごめんなさい、邪魔?」「いや。なんか、来ると思ってた。」淡い夕日が新の横顔を照らす。柚はピアノの隣の椅子に座り、ポツリとつぶやいた。「……自分の気持ちが、よくわからないの。」「うん。」「悲しいのか、寂しいのか、悔しいのか。 どれも少しずつ混ざってて……  ただ、苦しいの……。」新は鍵盤の上に手を置いたまま、少し考えてから言った。「じゃあ、“心の実況中継”やってみようか。」「……実況中継?」「うん。今、自分が感じてることを、頭で整理するんじゃなくて、   そのまま“声”にしてみる。 たとえば、“今、胸が苦しい”とか、“涙が出そう”とか。 心がどんな表情をしてるかを、そのまま実況してみるんだ。」柚は少し戸惑いながらも、目を閉じた。「……胸が、ぎゅってしてる。 泣きたいような、 でも泣いたら負けみたいな気がしてる。」「うん、いいね。ほかには?」「手が冷たい。 誰かに“がんばったね”って言ってもらいたいの
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それが、“記憶”という名の音符

セミの声が遠ざかり、八月の終わりの風が校庭を通り抜けていた。柚(ゆず)は、昇降口の前で立ち止まり、顔にあたる風を感じていた。(夏休み、終わっちゃうんだな……)手にしていたスマホを見つめる。新(あらた)からのメッセージは、昨日で途切れたまま。「今日でレッスン終わるよ。 また話したいこと、たくさんある」そう書かれた言葉を何度も読み返していた。ある日の音楽室。窓から差し込む夕日の中、柚は久しぶりにピアノの前に座った。鍵盤に触れると、指先が少し震える。(新の音、覚えてるかな……)新がいない教室は、少し広くて、静かだった。けれど、その静けさの中に、確かに音の余韻が残っていた。ポロン、と一音。そして、もう一音。曲にならない旋律が、少しずつ形をとり始める。「――ただいま。」不意に聞こえた声に、手が止まった。振り向くと、ドアのところに新が立っていた。「え……いつ戻ったの!?」「さっき。驚かせようと思って。」笑いながら近づいてくる姿に、胸の鼓動が跳ねる。柚は慌てて立ち上がり、「おかえりなさい」と言おうとして、言葉が詰まった。(言葉にしたら、泣いてしまいそうで……)新が軽く手を振った。「その音、柚が弾いたの?」「うん……でも、まだ全然。」「すごくいい音だったよ。」新はピアノの横に座り、続けた。「東京でも、いろんな音を聴いたけど、 やっぱりこの教室の音が、一番落ち着く。」柚は少し息を吸い込んで、勇気を出した。「……新。」「ん?」「行く前に言えなかったけど、 私……ありがとうって言いたくて。」「ありがとう?」「うん。 新が“怖くても前に出てみろ”って 言ってくれたから、 私、ひとりでも歌えるようになっ
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春風の約束

春の朝、校庭の桜がゆっくりと咲き始めていた。淡い花びらが風に揺れ、光の中を舞っている。柚(ゆず)は体育館の入口で深呼吸をした。今日は、卒業式。胸元のリボンの下に、こっそり小さな紙片を忍ばせている。そこには、たった一言。「ありがとう。 あなたの音が、私の勇気になりました。」式が始まると、体育館は静まり返った。ピアノの前には新(あらた)の姿。彼の背筋は、あの日と同じようにまっすぐ伸びている。最初の音が鳴った瞬間、柚の胸の奥で、何かがふっとほどけた。(この音――春の風みたい。)やさしくて、少し切ない音。何度も聴いたはずなのに、今日だけは特別に響いた。曲が終わり、新はピアノのふたを静かに閉じた。式が終わった。柚が近づくと、彼は笑った。「卒業、おめでとう。」「新も。……ほんとに、ありがとう。」「こちらこそ。」少しの沈黙。窓の外で風が舞い、花びらがふたりの間にひらりと落ちた。「ねぇ、新。」「ん?」「東京での学校生活、もうすぐ始まるんだよね。」「うん。春から本格的に。柚は?」「私は地元の大学に行くけど…… でも、 これからも音を続けたいなって思ってるんだ。」「そっか。じゃあ、また“ひとつの空の下で”だね。」その言葉に、柚は微笑んだ。昇降口の前。新がバッグを肩にかけて言った。「ねぇ、柚。」「なに?」「もし、どこかで迷ったら―― そのときは思い出して。 自分の声で世界を変えようとしてた、 自分のことを。」柚は一瞬、息をのんだ。そして、ゆっくりうなずいた。「……うん。絶対、忘れない。」春風が吹き抜け、髪がふわりと揺れた。ふたりは笑い合い、目を合わせたまま小さく手を振った。数日後。柚は新しいノートを
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夢を追いかけるって、怖くない?

蝉の声が、夏の空に響いていた。校舎の屋上から見える雲は、ゆっくりとかたちを変えている。柚(ゆず)はその景色を眺めながら、胸の奥のざわめきを抑えられずにいた。明日、新(あらた)が東京に行く。全国音楽コンクールの代表に選ばれ、夏休みの間だけ、音楽学校でレッスンを受けるのだ。「たった三週間」と言われても、柚にとっては、それが果てしなく長い時間に思えた。放課後の音楽室。新はピアノの前で、指を滑らせながら言った。「この曲、帰ってきたらまた一緒に弾こう。」「“ひとつの空の下で”、だよね?」「そう。あれ、   柚の声があったから完成した曲だよ。」新は軽く笑って、鍵盤を撫でた。その笑顔を見ているだけで、胸の奥が少し痛くなる。「……なんか、不安だな。」「僕がいない間のこと?」「そう。 新がいなくなると、 音楽室も、風の音も、 少し違って聴こえそうで。」「大丈夫。」新は、窓の外を見上げた。そこには茜色の空。風が木々を揺らしている。「音ってさ、消えるように見えて、 ちゃんと残ってるんだ。 空気の中にも、心の中にも。」柚はその言葉を聞きながら、窓の外の空気をそっと吸い込んだ。たしかに、風の中に小さな余韻がある気がした。「ねぇ、新。」「ん?」「夢を追いかけるって、怖くない?」「怖いよ。」新は笑いながらも、少しだけ真剣な目をした。「怖いけど、その怖さがあるからこそ、 “今、自分は本気なんだ”って分かるんだ。 不安って、夢の輪郭みたいなものだよ。」「……夢の輪郭。」柚はゆっくりとつぶやいた。心の奥で、何かが少し形を持ちはじめた。「じゃあ、最後に弾いてもいい?」「もちろん。」新が奏でる旋律は、どこか切なく、で
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