放課後のチャイムが鳴り終わるころ、空は鉛色に沈んでいた。
ぽつり、ぽつりと窓を叩く雨の音。
柚(ゆず)は机に頬杖をついたまま、
心の中まで雨が降り込んでくるような気分でいた。
「明日の合唱コンクール、どうしよう……」
声を出す練習で上手くいかなかった自分の声が、
何度も頭の中でリピートされる。
隣の席の友達の笑い声が遠く感じた。
“私なんて、いなくても同じじゃないかな。”
そんな考えが、雨雲みたいに胸の中で広がっていく。
教室のドアが静かに開いた。
「……まだ残ってたんだ」
振り向くと、新(あらた)が傘を片手に立っていた。
「練習、終わったの?」
「うん。ピアノの音が雨に負けそうだったよ」
そう言って笑う新の笑顔が、どこかあたたかかった。
柚は思わず打ち明けた。
「明日、みんなの前で歌うのが怖い。
……失敗したらどうしようって、そればかり考えちゃって。」
新は少しだけ考えてから、椅子を引いて柚の前に座った。
「柚、雨の日って、嫌い?」
「うーん……なんか、気持ちまで重くなるから、
あんまり好きじゃない。」
「でもさ、雨が降るからこそ、
空が洗われる日もあるんだ。
心も、同じだと思う。」
「同じ……?」
「不安や迷いがあるときって、
心の中で“雨”が降ってるんだよ。
でもその雨は、悪いものを流して、
新しい景色を見せるための雨。」
新の言葉は、雨音のリズムに溶け込むように響いた。
「不安ってね、“これから成長する証拠”なんだ。
だって、何も感じなければ、怖いって思うことすらない。
怖さを感じるってことは、
“変わりたい”って心が動いてるってことだよ。」
柚は静かにうなずいた。
窓の外を見つめると、
雨の向こうで夕方の光がぼんやり滲んでいる。
「……私、明日も歌ってみるね。
怖いけど、それでも、やってみる。」
新は微笑んだ。
「その“怖いけどやってみたい”が、一番強いんだ。
不安の中にある勇気は、たぶん一番やさしい光だから。」
翌日。
舞台の上で柚は深呼吸をした。
まだ心臓は速く打っていたけれど、
昨日よりも前を見られる気がした。
歌い始めた瞬間、
ふと、昨日の雨の匂いを思い出した。
(あの雨が、私の心を洗ってくれたんだ。)
彼女の声はまだ少し震えていたけれど、
それは確かに“前に進もうとする音”だった。